60 怨念
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
駄々をこねてチョコを買ってもらった子どもとその親の姿がレジへと向かうのを目にして、私はふつふつと怒りが湧いてきた。それは、妬みにも近いものであれば、怨念にも近いものだった。私の母はいつだって私の気持ちなどきいてくれず、その癖私に機嫌をうかがわせた。スーパーでチョコを買ってくれと言っても駄目だ、の一点張りで、どうしても、と食い下がると、言うことをきかないなら今夜のごはん抜きだなどと脅された。おまけにそればかりか、私が小さい頃など、頭が痛いだの腹が痛いだの言っては私に当たり散らすこともあったし、私が話しかけても無視することがあった。私も、歳を重ねて自分が似たような思いを経験して、その気持ちがわからなくもなかったが、少なくとも罪のない私に向かって不機嫌をまき散らすのは到底許せるものではなかった。
だから、私もその親子に対して、甘ったれるなとか甘やかすな、という気はさらさらない。けれど、私の心の中では、決して自分の言い分をきいてもらえずに成仏出来ずにいる10歳くらいの私がずっとそのまんま残っているのだ。そして、彼女は、親子に対して憎しみの目を向けているのだ。―しかし、憎むなら、当然母のことを憎めばいいのだ。私は心の底からマグマのように湧き上がる思いをぶつけるように、かごいっぱいに目に付いたお菓子を放り込んでいく。6,7種類はスナック菓子を買っただろうか。これくらい買えば、1週間は楽しめる。満足して会計に向かった。ちょうど目の前は、例の親子だった。
親子が先にレジに向かう。会計額を提示され、電子マネーでの決済を申し出る親。すると、スマホが上手く起動せず、もたついているらしい。あせあせと母親が焦る。ここで、私の中の「10歳くらいの私」がいらいらし始めた。お前が今機嫌が悪いのは、あの愚かな親のせいだ、と。けれど、そうはいっても、私だって、スマホが上手く起動しなくて電子アプリのポイントカードの提示に時間がかかったことがあったので、すみません、と謝りながら必死に画面を操作する親の気持ちは痛いほどわかるのだ。とはいえ、会計の手前で待たされるのは私もいらいらしてしまう。
「次の方、お待ちでしたらこちらでお伺いしまーす。」
幸い、別のレジで、機転を利かせた店員が呼んでくれて、私はそちらで会計をしてもらえることになった。いつしか、「10歳くらいの私」もどこかへ吹っ飛んでしまった。
外へ出た。大きめの買い物袋バッグを持ってきていたのはいいのだが、買いすぎたのでいつにもまして重い。家までは10分ほどだけれど、何とか持てるだろうか。ちょうど、私が会計を終わらせた少しあとに、例の親子が出てきた。子どもの方は上機嫌でちょろちょろと親の周りを走り回っている。年相応でいいじゃない、と思った。親の方は、これまた重たそうな買い物袋を手にしている。随分重くてしんどそうな顔をして、
「ちょっと、あんまりうろちょろしないで。危ないでしょ?」
と子どもをたしなめている。
私にあんな感じで子どもを育てる日は来るのだろうか。そもそも、こんな私が子どもを持つこと自体正解なのか……。余計なことを考えそうだったので、ぼんやりと赤みがかっている空を見上げながら夕食は何を作ろうか、と気持ちを切り替えた。




