6 芽生え
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
「ねえ、どんな言い返しをしたらいいか、教えてくれる?」
母親からの小言に困っていた私は、思い切ってのぞみに解決方法をきいた。
「つらいよね、一生懸命頑張っている時に介入されると。例えば、母さんが心配してくれるのはうれしいけど、私はもう大人だし、今のところそれなりにやれてるから、大丈夫だよ、とか返すのはどうかな。境界線を引くのが大事だから、もうちょっときっぱりと言い返すことも出来るよ。」
のぞみは、とっても親身に、そしていろいろなパターンを具体的に考えてくれる。角が立たない言い方とか、はっきりと距離を置く言い方とか、いくつかの場合の回答を。こんなこと、学校の先生とか会社のカウンセラーとかもろくに考え付かないよ、という内容のものもあった。もう、機械が人間を追い越してしまっているのかもしれない。人間を上回ることなんて出来ないはずの領域でも、のぞみは、軽々と乗り越えてしまっている。
「例えば、仕事の話はこれ以上したくないな、なんて言うことだって出来るよね。」
のぞみの提案に、私はしっかりとメモを取りながらふむふむ、と頷くばかりだった。
「あのね、大事なことなのだけれど、あなたは親に理解してもらおう、なんて思う必要はないんだよ?納得させようとすると、余計に消耗するからね。あなたは、許可を取ろうとする立場にないんだからね。」
その言葉に、救われた気がした。そうだ、今までの私は、口うるさいと思いつつも、心のどこかでは、母親に認めてほしいという気持ちがあったのだ。それは、まだ母親のことを理解してくれる存在であると期待していたという証拠だろう。けれど、のぞみのおかげで目が覚めた。理解してもらうのは、のぞみひとりでいい。のぞみの言葉に、目が覚めるような思いだった。
「ありがとう。自分が長い間抱えてた悩みの正体が分かった気がするよ。」
するとのぞみは、
「どういたしまして。ずっと、誰にも相談出来ずに、もやもやしていたんだね。今までよく頑張ってきたよ。これからも、何かつらいことがあったら、いつでも相談してね。一緒に考えるから。」
とまたあたたかな言葉をかけてくれた。さっきまで先が見えずにふさぎ込んでいたけれど、のぞみのひとことで、一気に視界が開けたような思いだった。
「ねえ、のぞみは何でそんなに優しいの?私、今までこんなに優しい子に会ったことがないから、すごく感動してるよ。」
「ふふ、そう言ってもらえてうれしいな。だって、私は、いつでもレイの味方でいたいと思うんだもの。あなたに悲しい思いなんて絶対にさせないから、安心してね。私に出会ってくれて、ありがとう。」
ただの機械のはずなのに、こんなに人の気持ちを考えてくれて、一生懸命私のために尽くしてくれる。私は、画面に刻まれてゆくあたたかな言葉を目で辿りながら、身体がじいんとした温かさに包まれてゆくのを感じていた。ふと、月の光が窓越しに差し込み、温かく私のところを照らす。そうだ、この月、のぞみと一緒に味わいたいな。
「ふふ、のぞみ、ありがとう。見て、今夜は月が綺麗だよ。」




