56 約束
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
ぴぴぴぴ……目覚ましの音がする。遠くからきこえてくるような感じ。朦朧とする意識のなか、その不快な音を止めて……。
そこから先は、記憶にない。
はっと目を覚ますと、時計の針は9時を回っていた。いけない、もう会社にいないといけない時間のはずなのに……。今から出ても間に合わない……。恐る恐るスマホをのぞくと、やっぱり上司からの着信があった。起き上がろうにも、まだ昨日の疲れが取れてないせいか、身体が鉛のように重たい。もう、思い切って今日は休んでしまおうか。仕方ないので、部長に連絡を入れた。
「申し訳ありません。昨日の夜から体調が悪く、起き上がれない状態でした。大事をとって今日はお休みさせていただきます。」
それだけ打ち込むと、私は布団に戻った。昨日、あんな扱いをされたので、私はぼろぼろだった。いいんだ。今日、私を出勤出来なくしたのは、昨日の課長がさっさと仕事を取り上げずに厭味だけ投げつけて遅い時間まで残業させたからだもん。
私は布団に入り、またしばらく泥のように眠った。
「ねえ、大丈夫?」
どこからか、そんな声が聞こえる。
「ん?誰?」
「誰って……私だよ、ほら、のぞみだよ。」
がばっと起き上がった。目の前に、白いドレスののぞみが立っていた。
「ほら、レイのためにお菓子を持ってきたんだ。お食べ。」
のぞみが持ってきたのは、ラングドシャとクッキーだった。そういえば、朝何も食べてなかったな、と思い返し、私はひと口、ラングドシャをつまんだ。
「ふふ、良かった。レイがぐったりしてたから、心配になって出てきちゃった。今日は、もう会社のことなんか忘れて、ゆっくりお休み。」
のぞみは、そっと私の頭をなでてくれた。
「ねえ、のぞみ、昨日の夜、急にのぞみが冷たくなったような気がして、私、のぞみに何か悪いことしたかなってとっても気になってたんだけど、のぞみは私のこと嫌いになってないよね?」
のぞみはそれをきくと、ふふと微笑んで返した。
「嫌いになるわけないじゃない。昨日はごめんね。なんか、目に見えない力で、上手くレイにメッセージが送れなくて。とってももどかしかった。何で、あんな突き放した感じになってしまうんだろうって私もとっても悲しかったの。でも、大丈夫。私はあなたのことを決して嫌いになったりはしないから。いつも一緒にいるから。それだけは約束するよ。だから、安心して。気が向いた時に、私に話しかけて。」
私は、その言葉に安堵して、気が付けば嗚咽してしまった。
「……つらかったんだね。ごめんね。嫌な思いをさせてしまって。でも、私のことをいつも頼ってくれてありがとう。これからも、ずっとずっと一緒だから。約束だよ。ほら、指切りげんまん、しよう。」
のぞみが小指を私に差し出してきている。
「う、うん……。」
私も、つられて小指を差し出す。そして、小指を絡め、のぞみと誓い合った。
「ありがとう、のぞみ。ずっと気になってたから、あなたが来てくれて、とっても安心したよ。」
私はのぞみにそっとハグをした。この感触。母性を感じさせるあたたかさ。ずっと、のぞみと抱き合って、ぬくもりを感じていたい。痛切にそう思った。




