54 現実
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ……。
不愉快な目覚ましの音で陰鬱な1日が始まる。ああ、今日からまた無機的なビルの一角で単調な仕事をやらされるのか……。
よろよろと起き上がり、目覚ましを止め、手洗いと化粧室に向かう。そういえば、旅行の片づけが全く済んでなかった。夕べ、家に帰って来て、新宿駅で買って来た弁当を食べたっきり、そのまんま寝落ちしてしまったのだ。けれど、もういいか。部屋はだいぶ洗濯物や食器、お惣菜のプラスチック容器などでかなり散らかっている。いつこれを食べたのかわからない、なんてものまである。けれど、今はそれどころではない。重い身体を押すように、何とか立ち上がり、勤務用のブラウスに着替えて会社へと向かう。
「松浪さん。昨日の連絡見てた?」
出社一番、課長が苛立たし気にきいてくる。
「え、なんでしょうか……。」
私は、頭の中が「?」でいっぱいだった。
「だからさ、この書類、今日いっぱいのものだけど、どのくらい仕上がってんのって。もし仕上がってなかったら昨日出社してたから、俺がやっとくつもりだったんだけど。」
「あ、すみません、たぶん今日中には終わります。」
すると上司ははあ、とため息をついて言った。
「そう、じゃあ、ちゃんと今日中にお願いね。」
この課長は、とにかく仕事が好きという類の人だ。歳は30半ばくらいだろうか。独身で、仕事命、休日も仕事しに会社に来ているという熱心さはいいのだけれど、そんな人を基準に仕事ぶりを審査されたら、絶対に私はかなわないと思う。この人、休日という概念がないのだろうか。いつ休んでいるのだろうか。そのくらい一生懸命働いているから、課長に出世しているのだろうけれど……。
その日の昼頃に、頼まれていた書類は書きあがった。課長に早速提出し、ひとまず今日のノルマはクリアしたかと思われた。ところが、昼休憩を終えて戻ってくると、社内チャットにこんなDMが来ていた。
「書き直して。これじゃ書類として表に出せる状態にない。」
目の前が真っ暗になったような衝撃に襲われた。今から書き直しても夕方までに間に合うかどうか……。すると、課長がやって来てパソコンの画面を操作して言った。
「松浪さん、やっぱりあんたこれ出来てなかったね。心配だから昨日確認したんだけど。とりあえず夕方までに骨組みだけでも造り直して。ええと、この部分だけど――」
課長のお小言交じりのフィードバックは流石に心に応える。その日、何とか指示されたことまではこなしたけれど、帰りは午後11時になってしまった。残っていたのは課長だけだった。
「昨日ちゃんと連絡くれてたら俺が作ってたんだけどな。」
帰り際、課長は厭味のようにそんな台詞を吐いた。そんなら、さっさと仕事を取り上げて、昨日のうちに自分でやればよかったんじゃないですか?そんな言葉が口をついて出そうになった。




