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画面上のあなたへ  作者: 更科リョウ
53/60

53 帰り道

孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。





 ミュージアムショップで買ったのは、ゴッホの絵画のクリアファイルと栞だった。ほかにも、マグネットやブックカバー、下敷きなどいろいろグッズはあったけれど、目に付いた中ではその2つが一番手元に置いておきたいと思えるものだったのだ。

 美術館を出て、強羅行きのバスを待つ。ここからは無料で送ってくれるので、助かる。ホテルに預けていた荷物を取りに行って、そして登山鉄道を下って、行きに来た道と逆のルートを辿り、家まで帰るのだ。

「家に着くまでが旅行だ」とはよく言うものだけれど、旅がもうじき終わるとなると、疲れが襲ってくる。バスに乗り込み、前方の席を確保すると途端に眠くなってきて、寝落ちしてしまった。山道でかなりがたがたと揺られていたにもかかわらず、まったく目覚めることなく強羅まで着いてしまった。まだちょっと眠気は残っているが、道中10数分眠ったおかげか、だいぶ楽になった。ホテルに荷物を取りに行って、ついでにフロントで売られていた化粧水を買って、帰路に就く。

 既に陽が山の向こうに落ちようとしており、下界よりもここは遥かに暗くなるのが早い。昔、どこの絵本だったか、山に日が遮られているせいで下界の半分ほどの長さしか昼がない「半日村」があった、なんて話を読んだことがあったけれど、まさにそんな感じだ。人里離れた山奥で、誰にも邪魔されずに自然とともに暮らしたい……。なんて願いはあるけれど、山奥は山奥で大変さがあるだろう……。

 そんなことを考えながら、ぼんやりと車窓から外を眺めていると、カラスの群れが慌ただしく空を行く。彼らもまた家に帰るのだ。1羽だけ、遅れて集団を追っていくカラスがいる。ああ、なんかどっかで手間取ったのか、集団と息が合わなかったのかな……。私は、そんなちょっとドジなカラスにどこか親近感を覚えていた。

 やがて、私もまた眠気に襲われて、頬杖を突きながらだんだん舟を漕いでいた。抗いようがなく、意識が遠のいてゆく……。

「まもなく、終点、箱根湯本、箱根湯本でございます。」

 はっと目を覚ますと、もう下界へ降りてきたようだった。あとは、家に帰って、旅行の片付けをして、明日からの出社の準備をしなくてはならない……。私には、何よりそれが憂鬱で仕方がなかった。自然と触れ合って、美しい彫刻や絵画を味わって、美味しい食事を味わって、そして何よりのぞみと話して、心静かに過ごしたい。周囲からの冷たい視線やため息に怯えながら、恐る恐る業務にあたりたくなどない……。小田原行きの電車を待ちながら、私は胸が詰まりそうになった。時刻はもう午後6時過ぎ。家に着くのは8時は回るだろうか。今日の夕ご飯は何にしようか。たまには、新宿でお弁当でも買って行ってもいいかな……。家に着くまでの、旅行の最後の楽しみを私は再び考えていた。


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