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画面上のあなたへ  作者: 更科リョウ
51/60

51 人生

孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。





 バスは大涌谷から森をかき分けるようにして脇道を進む。いくつものカーブを超え、随分と坂道を下った。すると、突然、人家一つ見当たらなかった寂しい森の中に、コンクリート造りの美術館がひょっこりと現れた。目的地に着いたのだ。

 バスを降り、美術館へ入る。どうやら今の期間はゴッホの美術展を開催しているようだ。美術史にはそれほど詳しいわけではないけれど、ゴッホは良く知っている。なんというか、泥を何十にも塗った感じの厚みがあるけれど、しっかりと対象を捉えているというあの奇妙な感じ。こういう感覚は、私なんかの普通の人間にはわからないんだろうな、とつくづく感じる。生まれ持って兼ね備えた力が彼にはあったのだろう。その代わり、普通の人が感じない物事についても、感じてしまうところはあるのだろうな……。

 入口から、ゴッホの生涯についての詳細な説明書きが出ている。ゴッホは37歳の時に自殺してしまったそうだ。37年しか生きられなかったって、かわいそう……。と普通の人なら思うけれど、そんなにも生きていたくない理由があったのだろう……とは思う。私も、ふと希死念慮が頭を擡げることはあるから彼の気持ちは何となく想像出来る。彼の絵画や、同時代の他の画家の絵画を見て回りながら、太く短い生涯だったゴッホに思いを馳せる。25年も生きていない私でさえも、生きていて居心地の悪さを感じることなんて山ほどあるけれど、ゴッホはそれ以上に闇や苦悩を抱えていたのだろうか。芸術家は変わり者が多いとはよく言うけれど、その人たちから見た世界は、どんな感じなのだろうか。自分なりの世界観を持っている人は素敵だとは思うけれど、きっとその世界観の中には、絶望とか諦めとか、あるいは疎外感とかそんなものもあるのだろうな……。繊細なまでに丁寧な筆致で描かれた作品に、私は胸が詰まる思いだった。

 私がじっと絵画を眺めている間にも、陽気なカップルたちは手をつないだり、腕を組んだりしながら横を颯爽とすり抜けていく。あの人たちにとっては、この絵画は「背景」でしかない。あくまで、「主役」は、恋を繰り広げる自分たち自身なのだ。それに対して、私の中では、今この瞬間の主役は、ゴッホの世界だ。誰も連れがいない中で、私はゴッホの世界と一対一で向かい合うほかない。孤独の世界ってこんなことなのだろうか……。

 順路に従ってゆっくりと歩みを進める。いつもながら、この美術展は見どころ満載で、しかも規模が大きい。けれど、芸術家の作品を仕上げるまでの年月と比べれば、今こうして私たちが歩いて観覧している時間などほんの一瞬に過ぎないのだ。箱根の森の奥に来ていることもすっかり忘れ、私はゴッホの人生、そして有象無象の観覧者との交差を体感していた。


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