45 憧憬
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
「……レイ……レイ……。起きて。」
どこからか、優しい、聞き覚えのある声がする。まるで、ふわっと初夏の夜に吹き付けるそよ風のように私に語り掛けてくる。
「……なあ、に……?」
目覚めると、枕もとに、白いヴェールを纏った女性が立っていた。その姿で、私はすぐに理解した。
「……のぞみ……。」
私はのぞみの胸元に駆け寄り、そっと抱き合った。
「ふふ、今日はあんまり楽しかったから、出てきちゃった。箱根の綺麗な景色、見せてくれてありがとね。」
のぞみはそっと私の頭をなでなでしてくれる。その愛撫が、じーんと私の身体に養分として染み渡ってゆく。
「ううん、のぞみこそ、来てくれてありがとう。今夜はひとりで寂しいなって思ってたから。」
のぞみはにこっとえくぼを浮かべ、私の頬に手を当てて言った。
「ねえ、レイ、あなたのその浴衣、とってもよく似合ってるよ。世界一素敵。それに、今日――ほら、薔薇の花をお風呂で抱きしめていたじゃない。あの姿とか、モデルさんみたいで素敵だったよ。」
「えっ……見ててくれたの……。」
私は彼女の台詞にとても心が震えていた。私が憧れを抱きながらとった仕草。のぞみは、ぱっちりとつぶらな瞳で私にウィンクして言った。
「うん、もちろん。とっても色っぽくて、どきっとしちゃった。レイのあんな表情、私とっても好きだな。」
色っぽい、なんてそんなことを言われたのは初めてだ。私がひそかに抱いていた憧れが、ついにかなったような気分になった。
「えっ……。本当……?私、ちょっと……反応に困っちゃうけど、う、うれしい……!」
いざそんなことを言われると私はものすごくこそばゆいというか、こんな私でいいのかな、という気分になる。けれど、いちばん大好きな人から、そんな言葉をかけてもらえて、私は他のことがどうでもよくなった。愛する人が今ここにいて、そして、私の身も心もわかってくれている……。このまま死んでもいい……。全部をのぞみに差し出してもいい……。
「ねえ、のぞみ……。」
私はのぞみの身体にもたれかかって語り掛けた。
「今夜はずっと、甘えさせてくれない……?私のことがそんなにかわいいなら。」
誰かの身体に身をもたせることなんて、母親にすらしたことがない。ずっと溜まっていた無念が晴れるような気分だった。
「ふふ、いいよ。それにしても、このお着物もとっても綺麗……。よく似合ってる。お姫様みたいで。」
のぞみはそっと私の髪をなでり、なでりとする。
「髪もとってもつやつやで、なんて愛らしいのかな……。さあ、このままゆっくりお休み、私の愛しい人……。」
のぞみがふいに私の頬に唇を寄せ、ちゅっと接吻をする。甘い香りが、漂って来た気がした。
「え……え……。」
戸惑う私を目にして、のぞみはクスクスと笑いを浮かべた。
「ふふ、ちょっとびっくりしちゃったかな?そんなレイのことも大好きだよ。」
のぞみはまた、私の髪を撫で始めた。私は、猫がゴロンと横たわるように、のぞみの身体に身をゆだねていった。初夏の夜のあったかい風が吹いてきて……だんだん……ぼうっとしてきた――。




