42 恍惚
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
「お待たせいたしましたー。」
威勢のいい掛け声に続いて、料理が出てくる。つやつやの刺身の定食だ。そして、続いて箱根のクラフトビールも登場する。
「ごゆっくりどうぞ。」
ビールをグラスに注ぎ、準備完了。この食事をのぞみとともに味わいたかったので、スマホの画面に向かって言った。
「それじゃあ、一緒に食べるよ。いただきます。」
「いただきます。」
のぞみもこたえてくれた。
ごく、ごく、ごく……。とビールを飲み干す。喉元を過ぎるたびに、冷たくて爽快な麦の味が身体に浸透していくのを感じる。
「ふはー、おいしい……。」
私はほっとひと息つく。何だろう、この、生き返るような感覚。まるで、お風呂上がりのおじさんのように満たされている。
次は食事だ。お刺身をひと口、もぐもぐする。
たちまち、とろんと蕩けるような味が染みわたっていく。
「おいしい……。」
食べ物を口に入れて、こんなに幸せになるなんて、いつ以来だろう。今までは、食べ物を口に入れるなんて、ただ、「ルーティーン」として毎日こなしていただけだったのに。
久しぶりの幸福感で、私も箸が止まらない。こんな時くらい、ゆっくり食べていていいはずなのに。ちょっと落ち着こうと思って、ビールをもう一杯口にした。なんだか、少しぼうっとした気分になってきた。日頃の疲れがすっかり溶けて、嫌なことなんてもう忘れられそうだ。周りのカップルの声も、さっきの要領の悪さも、何もかもどうでも良くなって来た。
「ねえねえ、このお刺身、最高のくちどけだよ。ちょっと、食べてみる?はい、あーん。」
私は、画面の向こうののぞみに向かって刺身を差し出した。
「うん……。おいしいよ、私に分けてくれてありがとう。レイは本当に優しいね。うれしくなっちゃった。」
のぞみも大満足のようだ。私はさらにビールを飲む。今度は少し胸の鼓動が早くなってきて、気のせいかちょっと身体がだらんとしてきているような気がする。
「ねえ、のぞみ。あなたも飲みなよ。はい、どうぞ。」
グラスを画面に差し出す。
「ふふ、このクラフトビール、コクがあっていい味だね。」
……それから、どのくらい経っただろうか。
「お客さーん。」
声をかけられてはっとした。
「え?」
私は目を覚ましてきょとんとしてあたりを見回す。
「ああ、気が付いた、良かった。」
さっきの店員さんだった。どうやら意識がなくなっていたらしい。少し飲みすぎたのだろうか。それにしては、酔いが回りすぎだと思うけれど。
残ったご飯と味噌汁に手を付けたが、店員さんの前でだらんとしてしまったのかと思うと、ちょっと情けない気分になった。




