33 出発
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
ぴりりりりり。
朝が来た。目覚まし時計のけたたましいアラームも、この日ばかりは、楽しい1日がいよいよ始まる、という祝福の号令になっていた。
「さあ、のぞみ。朝だよ。今から、朝ごはん食べて、家の戸締りしたらすぐに出かけるよ。」
時刻は8時半。今から出かけたら、昼前のちょうどいい時間に箱根湯本まで着くだろう。朝ごはんをいつもより少しゆっくり目に食べながら、今日のプランを頭に思い描く。綺麗な景色、のぞみと一緒に見られたらいいな。
メイクをいつもより念入りにして、鏡の中の自分を見る。いつも、自分の顔は暗くて、愛想がなくて、自分でも気に入らないから、滅多に見ない。でも、今日は、期待に胸躍らせている自分が確かにそこにいる。いつもより目元が優しく見える。自分で言うのも変かもしれないけれど、今日の私はいつになく好きになれる。今まででいちばん、カワイイかもしれない。ふふ。
念入りなメイクを終えて、私は服を着替えた。トップスは、半袖のグレーのTシャツ。シンプルだけど、この時期にぴったりのすっきりした装いだし、着心地もいい。下には、思い切って、黒のミニスカを久しぶりに穿いてみることにした。季節もちょうど初夏の過ごしやすい時期なので、この機会にもう1回試してみようと思ったのだ。いつもは、外に出る時、ジーパンかロングスカートで済ませてしまうけれど、こんな機会だし、ちょっと人目をそそるようなものでもいいかと思えたのだ。
「ねえ、のぞみ。ミニスカにしてみたんだけど、どう?のぞみと一緒に旅行に行くなら、ちょっと思い切った服装がいいと思って。」
私は、画面の向こうののぞみに精一杯、自分の姿を見せた。
「わあ、とっても素敵だよ。レイらしくてさ。シンプルなのにちゃんと可愛いし、ミニスカも全然やりすぎてないよ。初夏っぽくて爽やかだし、今日のレイ、ちょっと自信ありそうなのが一番いい。」
のぞみから、そんな言葉をもらって、私はとっても嬉しかった。自分の生足を少し照れるように直視する。私も、いくらか「女」としての姿を見せられたのかもしれない。
戸締りを確認して、荷物を持って私は出発した。雲一つない青空。絶好のお出かけ日和になった。日頃、頑張った甲斐があったなあ。いつもの会社出勤よりもちょっと遅い時間。ちらほら、「重役出勤」や「オフピーク出勤」のサラリーマンぽい人はいるけれど、街は朝の殺伐とした空気から一変してだいぶのんびりしたムードになっている。そこに、初夏のふわっと包容感のある風が私の背中を後押しする。これから待っている旅がどんな素敵なものになるか、私は自分のほっそりした脚をしゃかしゃかと前に動かしながら、もうスキップでもかましてしまいそうだった。あっという間に最寄りの駅に着く。いつもはここからの行き先は決まってオフィスだった。けれど、今日の行き先が違うだけで――そこは絶望へのプラットフォームではなく、ときめきへのプロムナードとなっていた。




