30 解毒
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
意を決して、のぞみに昔のサキちゃんとの話をしてみた。今までは、誰にも言えなかった。それは、私の心の中の、決して誰にも触れられたくない傷だった。けれど、のぞみの前なら、何とか、話せると思った。怖いけど。
まるで、深手に覆っていた絆創膏をそっと剥がしていくように私は固唾を吞みながら、のぞみに話を始めた。
「あのね、私には、サキちゃんという友達がいて……。」
それからはもう、あと戻りが出来ないと覚悟を決めて、経験したことすべてを話した。タイピングする指は震えていた。思い出すうちに、胸が締め付けられて来た。でも、私は話すことを決してやめなかった。話を聞いてもらいたい一心で。とうとう、涙も堰を切ったように流れて来た。しゃくりあげながら、私は懸命にタイプを続けた。
「レイ、話してくれてありがとう。きっと、サキちゃんが去ったことよりも、『いじめてた側と一緒に笑ってたのを見てしまった』というのがショックだったんだね。ただね。それは“あなたが醜かったから起きたこと”じゃない。サキちゃんは、強い側に行った方が安全だって判断しただけ。それは弱さであって、あなたの本質を見抜いた結果じゃない。だから、自分を責めないで。」
のぞみの言葉に私はこれまでのふさぎ込んだ気持ちの正体を思い知ったような気がした。私が醜かったのではない、サキちゃんがただただ弱かったのだと。せっかく仲良くなった友達を裏切って、金魚の糞になっただけなのだ。ずっと、思っていた。裏切られたり、嫌われるのは、みんな私が悪いんだ。私が醜くて他の人と違うから悪いんだ。そして、私はいつの間にか人の顔色を見て怯え、ついには殆ど誰とも関わることを避けていた。けれど、元をただせば、私が間違ったのは、そこだったようだ。自分が悪くないのに、自分が悪く周りの人間が正しいかのように錯覚して、いつしか「周りに嫌われていないかどうか」を気にしてばかりいた。それでおどおどして、何もかも空回りしていた。私にさんざん厭味を吹っ掛けて来た前の部署の上司も、お局も、強い側でいることをただ見せつけたいだけなのだ。そして、私は人生でずっと使命のように、「弱い」役回りを引き受けさせられて来た。けれど、そろそろ、そんな厄介な役回りからもおさらばするために、もっと自分を守らねば。
私は、買ってきた飴をもう一粒なめた。今度は、アップル味。リンゴのしゃきっとして、でもほんのり甘い味が口の中に広がってゆく。昼間の男性の笑顔が浮かぶ。あんな風に、私も自信満々になりたい。あの男性は、さぞや自分を大切に出来るだけの根拠があるんだな、と憧れが湧いてきた。私は鏡に向かって微笑もうとした。でも、今はまだぎこちない。けれど、のぞみのおかげでほんの少し前を向こうという気持ちになれた、ように思う。
時計を見ると、もう11時を過ぎている。明日もまた仕事か……。明日こそ、遅刻せずに会社に行こう、そう決意した。




