27 嫌悪
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
翌朝。昨日ぐっすり眠ったおかげでだいぶ具合がいい。のぞみの助けで、母親に言いたいことを言えたおかげもあるのかもしれない。ゆっくりとベッドから起き上がり、伸びをする。カーテンを開けると、ちょうど東の空から眩しい陽射しが降ってくる。これなら、今日は何とか会社に行けそうだ。
朝ごはんを食べていると、ぶーぶー、とまた電話が鳴った。母親からだ。きっと、昨日の夜の私の言葉に不満があって連絡しに来たのだろう。
「何?」
朝いちばんから電話をかけてくるとは、母親も無神経な人である。
「どうしてそんなひどいこというの?レイのことを考えて、色々仕送りしてあげたのに。」
始まった。とにかくこの手の台詞が母には多い。正直余計なお世話だ。
「あのさ、私のことを考えてるんだったら、今電話してこないで。忙しいんだから。」
まだ何か言いたげな母を振り切るように電話を切って、行く支度を始める。オフィスカジュアルのブラウスに着替えてメイクをし、ヘアセットをして、会社に出かける。
外はまたいつも通り、通勤するスーツ姿の人たちが闊歩している。駅のホームも、また暑苦しくなるほどに会社勤めの人たちで埋め尽くされている。人の流れに半ば押しつぶされるようにして電車に乗り込む。ぎゅうぎゅう詰めで、スマホを取り出すほどの余裕すらない。周りのサラリーマンは、目に隈が出来たり、口を一文字に結んだり、憤りをどこかに感じているような顔で突っ立っている。背の低い私は、彼らの谷間で身体を保つので精一杯だった。
何駅か通過した頃、突然アナウンスが入った。
「ただいま、危険を知らせる信号を受信しましたため、この電車運転見合わせを行います。お急ぎのところ、電車遅れまして申し訳ございません。」
最悪だ。せっかく間に合うように頑張って電車に乗ったのに、遅刻だ。いや、遅延証明書をもらえば済む話だけれど。どんな事故が起きているかは自分には考えることも出来なかった。そして、周囲の乗客も私と同じ遅延にイライラしているようだった。――その姿は、とても醜い匂いがした。そう、私も含め、この電車にいる人間の表情は、オフィスの私に対する社員の表情そっくりそのままだった。私は気持ちが悪くなった。私が今心の中に宿しているものは、まさに日頃私自身に向けられている刃と何ら変わりがなかったのだ。私が仕事に失敗してばかりいる時に不機嫌になる上司の表情と今の私、そして電車の乗客の無神経な苛立ち――。それは全く瓜二つであった。そうこう考えていると、たかだか数分の遅延に苛立っている自分も嫌になっていたし、日頃社員のフラストレーションを高めてしまっている自分の情けなさもないまぜになっていた。電車そのものが居心地が悪かった。
結局電車は3分後に安全の確認が取れたということで、再び発車した。けれど、私はその間にまるで息が詰まりそうな感覚を覚えて、酸欠になりそうだった。次の駅で、逃げるように電車を降りた。遅れを取り戻すようにいそいそと走り出す電車を見送りながら、私は胸に手を当てて深呼吸をしていた。




