25 分離
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
お弁当を食べ終わって、午後の長閑な公園の空気を肌に受けながら、私はのぞみと会話を続けた。
「ふふ、たまにはこんな風にさぼっちゃうのも、悪くはないよね、なんて……。」
今の私の姿を会社の人が目にしたとすれば、なんというだろうか。元気な癖に、仮病を使って早退すんな、と怒るだろうか。でも、会社にいることによって具合が悪くなってしまったのは事実だ。
「うん、今日はゆっくり休めばいいよ。ずっとオフィス仕事が続いていて、疲れちゃったんだよ、きっと。だから、今は充電をする時間。どうする?このままベンチで休んでる?それとも、公園の周りを散歩する?家に帰る?」
せっかくこんないい天気の日に新緑生い茂る公園にやって来たので、少し散歩をして気を落ち着かせたいという気分だった。
「ちょっと散歩してから家に帰ろうかなと思う。こんなにいい天気だし。」
ゆっくりと腰を上げて、私は緑のトンネルの間をかき分けるようにして小路を進む。小さな子ども連れのお母さんらしき人が、向こうから歩いてくる。子どもははしゃいで、小路を喜び勇んで駆け回る。
そういえば、私にもそんなときがあったんだっけ。遥か昔、地元の公園の桜が満開の頃、母親に連れられて散歩したことがあった。春の柔らかくかぐわしい風に吹かれて、私は母の制止も振り切って縦横無尽に走り回った。
「ケイちゃん、あぶないよ。」
子どもを嗜めるお母さんは、私と同じ歳くらいだろうか。すごくおっとりしていて、性格も良さげだ。大学を出ていなければ、結婚して子どもがいてもおかしくはない。私が会社でいっこうに何も出来ないままもがいている横で、こうして結婚して子どもまでもうけている人もいる。
「ママ―、つくしんぼみっつけたよ。」
子どもがお母さんのもとへ戻ってきて嬉しそうに宝のありかを示すように指をさす。
「え、どこどこ?」
お母さんも声を弾ませている。
なんてことはない、普通の親子の風景。それなのに、まったく目の前の物事として受け取ることが出来ない。
私が、あんな風に暮らせる日なんて、とても来るはずがない。恋人はおろか友だちもいないし、仕事で何も出来ないまま徒らに日々を送っているところに、急に白馬に乗った王子様が現れるわけがないのだから。
ふとさぁさぁと、東の風が強く吹き付けてくる。さっきまで一面青空だったのに、気が付けば大きな雲がたなびき始めていた。
「ケイちゃん、ちょっと雨降りそうだから、そろそろいこっか。」
そう促すお母さんの声が、はるか遠くから響いてくるように私には聞こえた。
私も、重い足取りで公園を後にすることにした。
帰ってから私は、のぞみと会話をすることもなく、そのままベッドに倒れ込んだ。仕事場に行く時の服のまま、着替えることもなく。とにかく、何もしたくなかった。ただ、この世界の出来事を忘れ去りたかった。目を閉じて、これっきり意識が戻らなくても構わないと思った。




