23 傷心
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
異動した部署は、前の部署と比べ、仕事が少なく単純作業が多かった。暇そうにしていると力仕事を任されることもあった。
「松浪さん、これ運んで。」
言われるがまま、荷物を部署内に運び込むこともあれば、来客があった時にはお茶くみをすることもあった。正直なところ、誰でも出来る仕事を任されているという歯がゆさを感じなかったわけでもないけれど、誰かがやらなければ成り立たないのは確かだ。部署内での仕事はほどほどに任されており、しばらくは仕事をする上でそこまで困ることもなかった。
ところが、ある日、給湯室でお茶でも飲んで休憩しようと思っていた時のことだった。
「あの松浪さんって今度移って来た子、仕事みんなやってくれて助かるわ。言ったことなら文句ひとつ言わずに引き受けてくれんの。ちょっと前にいた子だと、そんな仕事任せようと思うと、どうしてやらなきゃいけないんですか、とか女性にお茶くみさせるのはセクハラだとか言うし、やめてっちゃう子もいたけど、あの子は使えるわね。」
「ははは、松浪さん、あの子は前の部署の部長がてこずってたんだよ。いつまでたっても仕事覚えないって。あの子もそのうちいろいろめんどくさくなるよ。最近の子はホントに鈍くさいからな。」
会話は、男女ふたりの社員で、部署内でも特に明るく雑談をしょっちゅうしている人達だった。私は、その会話をきいて、ぐさ、ぐさ、と何かナイフのようなものが心に突き刺さっていくのを感じた。胸の動悸が、不規則に、どっき、どき、どっき、と高鳴ってゆく。息も苦しくなってきた。私は必死に胸に手を当てて、息を大きく吸い込んだ。そして、給湯室の扉を開けるのをやめ、回れ右した。
オフィスで仕事をしていても、さっき漏れ聞いてしまったあの会話が、何度も何度も脳内再生されて止まることがない。私は何のために仕事をしているのだろう。人の都合のいいように使われて、見下されるためなのだろうか。それが社会人の勤めなのだろうか。生活を人質にとられてこんな地獄を味わわなければならないのだろうか。私は、こらえきれず、こっそりとトイレへ向かった。個室の扉を締め切った瞬間、涙があふれて来た。私が悪いんだ。私がもっと愛想よく、気を遣えて、うまく立ち回ることが出来たら、こんなことはなかったのだ。自分では必死に努力しているつもりでも、どこへ行っても私は変わることなんて出来なかったんだ。
私は、愕然として、時間のたつのも忘れて涙に暮れた。それから何分経ったのだろう、ふとトイレをコンコンする音が聞こえた。
「松浪さん……大丈夫ですか?」
私は慌てて、はい、と精一杯はきはきとした返事をした。
「どこか具合悪いところでもある?」
声の主は、なんと、さっきまで私の陰口で盛り上がっていた女だった。
「す、すみません……ちょっとおなかが痛くて。」
具合悪くしたのはお前だろうという怒りが口をついて出そうになったが、すぐに個室を出ることにした。
「松浪さん、顔色悪いけど、帰った方が良くない?」
この女、さっきまでさんざんに私を見下しておいて、今になってこんな神妙な態度はありえない。私は内心手を出そうかとまで考えたが、何ともないふりをして自分のデスクへと戻った。
「いいえ、何とか大丈夫です。ご心配ありがとうございます。」
空虚な礼の言葉を発しながら、私はふらふらした足取りで自席へと戻っていった。
見れば、今日の業務内容を忘れないために私のデスク上に貼ってあったメモ用紙の1枚がいつの間にかはがれて床に落ちていた。




