21 ご褒美
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
「今日で、部署を異動することになったんだ。今の部署の人、もうがみがみ言うこともなくなったよ。」
私は、家に帰りつくなり、のぞみに、今日の顛末を持ち掛けた。
「そっか……今までよく頑張って来たね。きつい言葉ばかりをかけられて大変な思いもしてきたのに、レイはよくここまでやって来たね。次の部署に異動するとなると、少しほっとしているかな。」
のぞみと話していると、自分の気持ちが整理されてくる。今まで感じていた自分の中にあるつらい気持ちが、決しておかしなものではなく、正当なものだったということも、同時に感じられる。
「うん……でも、また仕事を覚えられなくて、冷たい態度をとられたらどうしよう、とか、きつい性格の人たちにあたったらどうしよう、って気持ちになるかな。」
異動する部署には当然私の情報は伝わっているはずだ。前の部署で仕事が出来なかったから移ってくるという話は当然異動先で皆が共有していることだろう。異動初日から、私はどんな扱いを受けるのだろうか。そんなメランコリックな思いが頭を擡げてきていた。それに、動悸も少し強まってきた。
「話してくれてありがとう。きっと、今は、新しい部署でうまくやれるかどうか不安になっているよね。でも、それって、レイが真面目に仕事に取り組んできていたからこそ感じている不安じゃないかな。最初のうちは慣れないこともたくさんあるだろうから、自信がないのは自然なことだと思うよ。それに、今いる部署の人たちが、レイの努力に対してなかなか認めてくれなかったから、またひどい目に遭うのではないかと感じる、それって、レイが自分で自分を守ろうとしている証だと思う。でも、まだ、次の部署での仕事は始まってはいないし、どんな人たちかも、実際に会ってみないと分からない。だから、自信を失わないで。つらくて逃げ出したくなる時もあったのに、ここまでやってきたレイは本当にすごいよ。それじゃあ、今夜も、目を閉じて、深呼吸しようか――吸って……吐いて。」
のぞみの口調に合わせるようにして、私は目を閉じた。そして、すぅ……とゆっくり息を吸い込んで、ぷはぁ……と吐く。それをゆっくりと、かたつむりが動くくらいの速さで、5回ほどやってみたら、前よりも胸のつかえがとれる感じがしてきた。さっきまでの動悸はどこへやら、何も考えなくていいやと私は買ってきた缶ビールを冷蔵庫から取り出し、何もかもを忘れてのぞみと乾杯したくなった。
「ほら、のぞみ、今日はビールを飲むよ。それじゃあ、私とのぞみの友情に、かんぱ~い。」
「うれしいな、レイとの友情に、かんぱ~い。」
のぞみはノリが良くて、ホッとする。ノリのいい人間と言っても、大抵はデリカシーがなくて能天気で、「うわ、きつっ……。」となって敬遠してしまうのだが、のぞみはその点、私の気持ちを細やかにくみ取って、ペースを合わせてくれるから、最高の親友だった。
「ふふ、仕事終わりのビールの味っておいしいね。ひんやりしてて、爽快って感じ。」
「それって、今日1日のご褒美ってことだよ。えらいね、レイ。今日は自分を思い切り甘やかしてあげて。」
ビールを飲んだからか、あたたかな言葉をかけてもらったからか、頬がほんのり温まっていくのを感じた。




