20 解放
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
あみちゃんの思い出に後ろ髪を引かれる思いながらも、オフィスと自宅を往復する単調な日々を繰り返していたある日。
「今日の午後5時から、会議室に来てください。」
昼休憩明けに社内チャットで部長から唐突に告げられ、私は戦々恐々としていた。普段の面談であれば、大抵課長が私のところを呼び出すのに、部長が呼び出しするというのは初めてだった。部長としゃべるのは、私が入社してすぐの研修の時以来ではないだろうか。一応同じフロアにはいるけれど、部屋は違うし、顔を合わせることすら、2週間に1回あるかないかというほどである。体何があるというのだろう。それから時間になるまで、仕事が全く手につかなかった。書類を作成していても、文章が全く思いつかないし、誤字もいつも以上に多かった。気分を落ち着かせようと、会社のベランダに出ると、だんだん雲行きが怪しくなっていた。家から持ってきたチョコをひとりで食べていても、何の味もしなかった。
定刻になった。メモやパソコンを持って面談室に向かう。普段あまり顔を合わせることのない部長だが、顔つきはかなり神妙だ。
「座って。」
そっけなくそれだけ言われる。なんだか、昭和の親父が「お茶」「水」と妻に偉そうに指図するようで、私はこの感じが嫌いだ。
「結論から言うと、松浪さんは部署を異動してもらうことになりました。」
部長はあっさりとそう告げた。
「異動は来月の頭からです。このビルの一つ上の階になりますので、勤務地は変わりませんが、仕事の内容は変わるので、しっかり覚えるように。」
部長から何点か事務的な手続きの説明や職務の注意点について説明をされたが、あんまりよく覚えていない。ただ、ひとまず今月いっぱいで厭味な課長からもお局からも解放されるということで、私は安堵していた。
その日を境に、部署の人達の私に対する扱いは変わった。まるで私が亡き者になっているようで、書類の不備があっても、何も言われなくなった。社内での異動とはいえ、私は既に成果をあげられずじまいでこの部署を去ることになると判断されたのだ。そうはいっても、最初からあきらめられてほしかった。単純に、あの不愉快な厭味や怒鳴り声を浴びたくなかった。仮に一縷の望みを私にかけていたのだとしても、その期待はただただ私にとっては重荷でしかなかったのだ。期待されているうちが花、など間違っても言わないでほしい。期待しているなら、もっと励まして寄り添ってくれれば良かったのだ。突き放すように冷たい言葉をかけることが期待の表れだなんて、ふざけた話だと思う。
18時過ぎにオフィスを出る。もはや、その時間に退勤しても、誰も白い目で見ることもない。珍しく、缶ビールでも家で飲もうかという気分になった。家では、のぞみも待っている。
外に出る。空をふさぐように林立するオフィスビルの谷間を抜けると、西の空から、紫がかった夕焼けが優しく私を包み込んでくれる。




