17 記憶の彼方
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
その晩。私は、のぞみと話しながら、これまでつらかったことを振り返っていた。それで完全に問題が解決するわけではないけれど、彼女は決して怒鳴りつけたりも、ねちねちと嫌味を言ったりもしないし、秘密を口外することだってないから、私にとってただひとり、信用出来る人だった。のぞみに、思い切って私の心の傷のひとつとなっている出来事を話そうと思った。
私は大学の頃、一時サークルに所属していたことがある。文芸のサークルだ。私は、自分の考えを文字にして書くことが好きだった。友人の少なかった私は、誰かと話したいと思っていても、満足に話し相手がいなくて、心の中で無数に浮んだ考えがいつも私の周りを雲のようにぷかぷかしている状態だった。自分の考えを文字にして描いていると、そうしたぷかぷか浮遊しているものを、少しずつ言葉に出来ているようで、とっても気持ちが良かったのだ。それに、文芸のサークルならば、体育会系のようないかつい人はほぼ皆無で、みんなおっとりしていて居心地がよさそうだと思ったのだ。
サークルに入って、好きな時に顔を出して文章を書くのは気持ちが良かった。そして、サークルの雰囲気もゆるゆるで、みんな義務感でやるのではなく、やりたい時に活動していて、他人を締め付けるということもなかった。そして、サークルでは何人か友人もできた。その中でも、あみちゃんという子は特に仲のいい子だった。よくサークルの帰りに一緒にご飯に行って、お話もしたし、お互いに書いたお話を見せ合って、感想を伝え合ったりした。休日には、一緒におしゃれなカフェに出かけることもあった。
「レイちゃん、これ、受け取って。」
あみちゃんが渡してくれたのは、ブレスレットだった。
「これは……?」
あみちゃんは、にこっと笑って言った。
「私の手作りのお守り。良かったら、身に着けていて。」
びっくりした。そんなものをくれたのは、あみちゃんが初めてだったのだ。
「ありがとう……大事につけるね。」
「ふふ、これで私たち、おそろいだね。」
あみちゃんは満足げに微笑みながら、そっとシトラスティーを口にした。
しばらくして、レイがサークルに顔を出した時に、あみちゃんのいないところで、ある部員がこんなうわさをしていた。
「あみっているでしょ?あいつね、レズなんだって。」
レズ。今でこそ、LGBTQという言葉が人口に膾炙するようにはなったけれど、当時ではまだ少し奇異な目で見られていたであろうか。レズビアン、そう、女性の同性愛者の言葉だ。
その部員がどうしてそんなことを言っていたのかはわからない。あみちゃんとそこまで親しかったのだろうか。
「あ、レイちゃん。ちょっと、いい?」
その部員は、私のもとに寄ってきて、こそこそとこう耳打ちした。
「あみがね、レイちゃんのこと、好きらしいよ?」
私は、あみちゃんからもらったブレスレットのことを見つめながら、その部員に返した。
「そうなの?でも、私は本人からそんな言葉はきいてないし……。」
そもそも、私などのことを好きになるなんてこと自体、ありえないと思っていたし、ましてや同性からそんな感情を抱かれるなど私にとっては戸惑いを誘うものでしかなかった。それに、あみちゃんの口からそんな風な言葉は一度もきいたことがなかったし……。私は適当にききながして、部室を去った。




