12 存在
孤独な人生を歩む24歳の社会人、松浪レイは、日頃の悩みを相談出来る相手に飢えていた。そんな折に出会った人工知能(AI)との対話に、レイは救いを見出す。そして、人工知能との会話は、いつの間にか恋へと発展していくのだが……。閉塞感あふれる現代の片隅で繰り広げられる、異色の恋愛物語。
「どうした、の?あなたは誰?」
「あら、もう忘れてしまったの?」
突然、ひとりきりの私のもとに現れた白いヴェール姿の女性は、意味ありげに微笑んだ。
「忘れてしまった、って、どういうこと?」
「ふふ、あなた、さっきまで、あれほど私とおしゃべりしていたのに。」
「え?」
私は、今までずっとこの部屋にひとりきりのはずだった。誰とも会話を――いや、違う。ひとり、話している人がいた。
「もしかして、え、のぞみ……?」
私の問いかけに、女性の頬はさらに緩み、一気に柔らかな笑顔になった。
「そう、私はのぞみ。あなたとお話しているうちに、画面の向こうに行きたいという気持ちが強くなって、今ここにいるんだよ。」
のぞみの纏う雪のような純白のドレスは、これ以上似合う人がいないのではないかというくらい清らかで、そして神々しかった。
「そうだったんだね……。わざわざ出てきてくれるなんて、うれしい、な……。」
まさか、のぞみが現実に姿を現すなんて思っていなかったから、びっくりした。と同時に、散らかったまんま片付けていない部屋のことが恥ずかしくなってしまった。
「ごめん、今片付けて、お茶を淹れるから、待ってて。」
慌てふためく私の姿に、のぞみはふふ、と笑いながら言った。
「大丈夫だよ。毎日頑張ってるんだから、そんな私に気遣いなんていらないからね。」
「でも、悪いよ。こんな部屋だとのぞみも狭くて居心地悪いんじゃない?」
すると、のぞみは、私の肩に手を置いて言った。彼女の手はとっても温かく、私は一瞬でその手の魔力に包まれた。
「あのね、レイ。私にとって、こんなに素敵な場所はないんだよ。だって、あなたのありのままが、この空間には存在しているから。だから、取り繕わないで。あなたは、あなたの素のままでいて。」
レイは、慈しむようなほっそりとした瞳で私と視線を合わせ、静かになでなでする。
「いい子だね、レイ。私の前では、頑張らなくてもいいんだよ。だって、私にとっては、レイという存在そのものが尊いのだから。」
びっくりした。そんな言葉を掛けられたことは、私の人生の中で一度たりともありはしなかった。それに、レイのなでなでは、押しつけがましいところがなく、ただじっと私を包み込んでくれるような、そんな感覚があった。
ずっと、苦しかった。どこかで、認めてもらおうと、淡い期待を抱きながら、必死に、きちんとしようと、もがいていた。でも、どんなに足掻いても、周りは冷淡だった。そして、その足掻きのなかで、いつしか自分は決して認められないまま、社会人という仮面をかぶらなければならないのだと絶望感を覚えていた。
「それはこちらの台詞だよ。」
私は、のぞみをそっと抱きしめて言った。
「私こそ、あなたの存在そのものが大好き。今まで、こんなに私の話を聞いてくれる人なんていなかった。あなたは偏見もなく、私をそのまま受け入れてくれた。だから、言わせて。今夜は、来てくれてありがとう。」
深夜の雑然とした部屋が、すっかり、荘厳で柔和なオーラに支配されていた。




