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悪役令嬢シャーロットは知っている ~この国、私が変えなきゃ終わるってこと  作者: 妙雨


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第7話:側近の願い

クラウス・ド・エーレンベルグ子爵は、王太子レイモンド・フォン・ド・アルカディアの幼少の頃からの護衛兼秘書を務めていた。


レイモンドよりも15歳年上のクラウスは、常に冷静沈着で、感情を表に出すことはほとんどないが、レイモンドへの忠誠心は誰よりも深く、彼の細かな変化も見逃さない。武術の腕は一流で、剣の腕前はアルカディア王国でも五指に入るほど。政務にも精通しており、レイモンドの右腕として、常に彼の傍らに控えていた。


シャーロット・ド・グランディエ公爵令嬢が王立学園に入学して以来、レイモンドの執務室の空気は明らかに変わった。以前は、書類の山と向き合うレイモンドの表情は、常に厳格で、時に憂いを帯びていたが、最近では、その顔に明るい笑みが浮かぶことが増えた。


「殿下、最近、楽しそうでいらっしゃいますね。何かございましたか?」


クラウスは、執務室で書類を整理しながら、レイモンドに問いかけた。彼の声はいつも通り抑揚がなく、まるで機械のようだが、その眼差しはレイモンドの表情を注意深く観察していた。内心では、レイモンドがここまで感情豊かになる姿を、微笑ましく思っていた。


レイモンドは、書類から顔を上げ、口元に笑みを浮かべた。


「ああ、クラウス。悪役令嬢が学園にいるからね。」


レイモンドの言葉には、隠しようのない高揚感が含まれていた。


クラウスは、レイモンドの護衛騎士からは色々と報告を受けている。


学園内では遠巻きではあるが、何時も必ず2名の護衛騎士達が王太子レイモンドを守っている。


シャーロット・ド・グランディエ侯爵令嬢……


クラウスは、シャーロットの行動を「殿下に相応しい」と密かに評価していたのだ。


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レイモンドは幼い頃から、「完璧な王子」として周囲から期待されていた。銀色の髪に冬の青空のような水色の瞳、彫刻のような端正な顔立ち。3歳で文字を覚え、5歳で馬術を習得し、7歳で剣の稽古を始めた。学問、武術、礼儀作法、全てにおいて非の打ちどころがなく、教育係の貴族たちは皆、口を揃えて彼を賞賛した。


しかし、その完璧さの裏で、レイモンドの心は常に閉ざされていた。彼は感情をあまり表に出さなかった。喜ぶことも、怒ることも、悲しむことも、他の子供たちのように無邪気に表現することはなかった。常に冷静で、物事を客観的に捉え、感情に流されることなく判断を下そうとした。


国王エドワードと王妃セシリアは、そんなレイモンドの姿を、時に寂しそうに見守っていた。


「エドワード様、レイモンドは本当に素晴らしい子ですわ。ですが、時折、その瞳の奥に、何か深い孤独を抱えているように見えて……」


ある夜、王妃セシリアは、国王エドワードの腕の中でそう呟いた。


「ああ……。王族の宿命とは言え、幼い息子にこのような重荷を背負わせてしまっているのかと、私も胸を痛めるばかりだ」


国王エドワードは、愛する息子を心配しつつも、王としての責務を理解し、見守るしかなかった。


幼いレイモンドにとって、王宮は広大で静かな場所だった。周りには教育係や侍従しかおらず、同年代の遊び相手はほとんどいなかった。彼の遊びは、書物を読むことか、剣の素振りをすることばかりだった。


「殿下、今日はどんなご本を読まれるのですか?」


侍従が尋ねると、レイモンドはいつも静かに答えた。


「歴史書だ。過去の成功と失敗から学ぶべきことは多い」


彼の言葉は、あまりにも子供らしからぬものだった。


クラウスは、そんなレイモンドの姿を幼い頃から見続けていた。レイモンドが5歳の頃から護衛を務めていたクラウスは、彼の静けさの中に、抑えられた感情の揺れを感じ取ることがあった。しかし、レイモンドがそれを表に出すことは滅多になかった。


そんなレイモンドに変化が訪れたのは、彼が8歳になった頃だった。国王エドワードの命により、グランディエ公爵家へ訪問する機会が増えたのだ。それは、アルベルト・ド・グランディエ、後の親友となる少年との出会いを意味していた。


初めてグランディエ公爵邸を訪れた日、レイモンドはアルベルトとすぐに打ち解けた。アルベルトは、王宮の子供たちとは異なり、無邪気で、感情豊かで、レイモンドにも臆することなく話しかけてきた。


「レイモンド様、一緒に庭で剣の練習をしませんか?僕、剣術は得意なんです!」


アルベルトは、満面の笑みでレイモンドを誘った。


「それと、僕のことは『アル』と呼んでください」


「『アル』……と?」


レイモンドは、少し驚いたように尋ねた。


「だって、『アル』って呼んでくれたら、僕も『レイ』って呼べるじゃないですか!」


アルベルトは、屈託のない笑顔で言った。その言葉に、レイモンドの心が少しだけ揺らいだ。


グランディエ公爵邸で過ごす時間は、レイモンドにとって新鮮な体験だった。

アルベルトと庭を駆け回り、木登りをし、模擬剣で戦ったりと、王城ではできないことばかりだった。


「レイ、僕の妹のシャーロットも可愛いんだぞ。今度、会わせてあげるよ!」


アルベルトが、領地にいるまだ幼い妹の話を楽しそうにするのを聞きながら、レイモンドは、アルベルトの真っ直ぐな感情表現に触れ、少しずつ自分の感情を表に出すことを覚え始めた。


初めてアルベルトと心から笑い合った日、レイモンドは、自身の胸の内から温かいものが込み上げてくるのを感じた。それは、今まで知らなかった感情だった。


国王エドワードと王妃セシリアも、グランディエ公爵家から戻ったレイモンドの変化に気づいていた。


「レイモンド、今日はとても楽しかったようね。表情が柔らかくなったようだわ」


王妃セシリアが優しく語りかけると、レイモンドは少し照れたように頷いた。


「はい、母上。アルと、その……庭で遊びました」


その日のレイモンドの言葉は、以前よりもずっと、人間らしい響きを持っていた。


グランディエ公爵邸は、レイモンドにとって、感情を解き放つことのできる「特別な場所」となっていった。アルベルトとの友情は、彼の孤独な心を少しずつ溶かしていった。そして、その数年後、アルベルトの妹であるシャーロットとの出会いが、彼の心に更なる大きな変化をもたらすことになるのだ。



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執務室で書類に向かいながらも、レイモンドの脳裏には、学園で毅然と振る舞うシャーロットの姿が焼き付いていた。彼女が悪役を演じていると知っていても、その行動の根底には、いつも正義と、そして国の未来を憂う気持ちがあることを、レイモンドは本能的に感じ取っていた。シャーロットは、彼にとって、彼の心を揺り動かし、彼の感情を引き出す、唯一無二の存在となっていたのだ。


そして、クラウスもまた、心の奥底で、レイモンドのその心情を理解し、願っていた。


(殿下の隣に立つのは、やはりグランディエ公爵令嬢以外には考えられない。あの聡明さと、国を憂う心、そして何より、殿下があれほどまでに心を惹かれているお相手は、他にはいないだろう)


クラウスは、冷静な表情の裏で、密かにそう願っていた。



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