第2話:秘密の教育
9歳になったシャーロットは、綿密な計画の次の段階へと移った。来るべき改革のために、信頼できる手足となる人材を確保すること。彼女は、ある日の朝食の席で、母エレノアに切り出した。
「お母様、実はお願いがございますの」
シャーロットは、完璧な淑女の作法で紅茶を一口啜り、上品に微笑んだ。
「あら、シャーロット。何かしら?」
エレノアは優雅に頷き、娘の言葉に耳を傾けた。
「わたくし、最近、グランディエ領の孤児院について考えることが多くて……」
「孤児院?そうね、領主として、私どもも定期的に援助はしているけれど、何か気になることでもあったかしら?」
エレノアは、娘の突拍子もない提案に、少し眉をひそめた。普段のシャーロットならば、慈善活動についてそこまで深く言及することは稀だったからだ。
「はい。現状の援助だけでは、彼らの未来が開けるとは言えません。わたくし、もう少し具体的に、孤児院のお子様たちに、少しばかり施しをしたいのです」
シャーロットは真っ直ぐに母の目を見た。その深い青い瞳には、ただならぬ決意が宿っているように見えた。
「施し、ですか。具体的には?」
「はい。そして、もし可能であれば、優秀な子を数名、グランディエ邸に使用人として迎え入れたいのですが。読み書き計算ができ、聡明な子であれば、邸の運営にも役立つかと」
エレノアは驚きを隠せない様子だった。公爵令嬢が自ら使用人を選ぶことは前例がない。
「使用人に?それはまた、ずいぶんと思い切ったことを考えるのね。まさか、誰か気になる子がいたわけではないでしょうね?」
エレノアは少しからかうように尋ねたが、シャーロットは真剣な顔で首を振った。
「いいえ、お母様。ただ、このグランディエ家の娘として、領民たちのことをもっと深く知りたいのです。彼らの生活を知り、彼らが持つ可能性を見出すことも、貴族としての務めではございませんか?」
シャーロットの言葉は、完璧に筋が通っていた。貴族として、困窮している人々を助けるのは当然のこと。そして、有能な人材を登用することは、家を発展させる上でも理に適っている。
エレノアは娘の成長を喜び、快くシャーロットの願いを聞き入れた。
「あら、シャーロット。それは素晴らしい心掛けね。貴族として、困窮している人々を助け、その才を見出すのは当然のことだわ。ギルバートも、きっと喜ぶでしょう」
公爵令嬢が孤児院に援助を行うことは、貴族としての慈善活動としてごく自然なことだったが、彼女が自ら孤児を選んで屋敷に招き入れるという行動は、その年齢にしては異例中の異例だった。
シャーロットは孤児院を訪れ、そこで目を光らせていた。彼女が求めているのは、読み書き計算ができ、聡明で、そして何よりも「現状を変えたい」という強い意志を持つ子供たちだ。前世の自分がゲームの裏設定で知った、この国の構造的腐敗を理解し、共に立ち向かってくれる者たち。
数度の訪問と面談を重ね、シャーロットはついに三人の子供たちを見つけ出した。
一人目は、年齢はシャーロットと同じ9歳、活発で運動神経抜群の少年、ルーク。
「君の名前はルークね。なぜ、この孤児院を出たいと思うの?」
シャーロットの問いに、ルークは瞳を輝かせながら答えた。
「僕は、もっと外の世界を見てみたい!このままじゃ、何も変わらないって思うんです。もっと強くなって、この街の弱い人たちを守りたいんです!」
灰色の瞳は常に好奇心に満ち、鋭い洞察力を持っていた。彼の言葉には、現状への不満と、未来への強い希望が込められていた。
二人目は、一つ年上の10歳の少女、マリー。
「マリー、あなたは何を一番得意とするかしら?」
「はい、シャーロット様。わたくしは、人が話していることをよく覚えています。そして、それをきれいにまとめるのが得意です」
マリーは落ち着いた物腰で、手先が器用で記憶力も優れていた。彼女の言葉遣いは丁寧で、周りの状況をよく観察していることが伺えた。
そして三人目は、シャーロットよりも二歳年下の7歳の少年、フィン。おとなしく目立たない存在で、シャーロットが話しかけるまで、いつも隅で静かに本を読んでいた。
「フィン、あなたはどのような本を読むのが好きなの?」
「……なんでも、です。一度読んだものは、忘れません」
その言葉にシャーロットは目を見張った。人並外れた集中力と、一度見たものは決して忘れないという驚くべき記憶力。それは、彼女の計画にとって、まさに天賦の才能だった。
「院長様、わたくし、この三人をグランディエ邸で雇いたいのです」
シャーロットの言葉に、孤児院の院長は驚きながらも、感謝の言葉を述べた。
「まさか、シャーロット様が直々に……!彼らがグランディエ様にお仕えできるとは、これ以上の幸せはございません」
こうして、ルークは庭師見習い、マリーは侍女見習い、フィンは書庫番見習いとして、グランディエ公爵邸に迎え入れられた。表向きはただの使用人だが、彼らはシャーロットにとって、来るべき改革のための最初の一歩であり、かけがえのない同志となるはずだった。
グランディエ邸での日々の業務を終えた夜、シャーロットは密かに彼らを自室に呼び出し、秘密の教育を施した。
「ルーク、あなたには護衛騎士としての訓練に加え、情報収集と伝達の技術を教えるわ。この国の地図を頭に叩き込みなさい。裏道や隠し通路も全てよ。いつか、この邸の護衛を任せられるほどに、強くなりなさい」
「はい、シャーロット様!必ずや、ご期待に応えてみせます!」
ルークの瞳は、やる気に満ちて輝いていた。
「マリー、あなたには侍女としての作法だけでなく、情報分析と記録の仕方を教えるわ。社交界の噂話や、貴族たちの動向を正確に把握し、まとめるのがあなたの役目よ。言葉の裏に隠された真意を見抜く力を養いなさい」
「かしこまりました、シャーロット様。わたくし、精一杯努めさせていただきます」
マリーは、シャーロットの言葉を真剣な表情で受け止めた。
「フィン、あなたには書庫番の仕事を通じて、この邸の書物を全て把握してもらうわ。特に、歴史書や法律書、経済書に目を光らせて。そして、一度見た情報は、決して忘れないで。あなたの記憶力は、この国の未来を変える鍵となるわ」
フィンは、まだ幼いながらも、シャーロットの言葉の重さを理解しているかのように、静かに頷いた。
彼らに教える内容は多岐にわたった。前世で得た知識、例えば経済学の基礎、統計学、心理学、暗号の原理、さらには日本の武術の基礎的な動きまで。シャーロットは彼らに、この世界の常識では考えられないような知識と技術を叩き込んだ。
最初は戸惑っていた三人だが、シャーロットの真剣な眼差しと、彼女が語るこの国の未来への危機感に触れるうち、次第に彼女の言葉に傾倒していった。
「シャーロット様は、私たちがただの使用人で終わることを望んでいない。私たちに、もっと大きな役割を期待されているんだ」
ルークはそう感じていた。
マリーはシャーロットの聡明さと、その計画の壮大さに心を奪われ、フィンは彼女の温かい心と、自分を信頼してくれる姿勢に深く惹かれていった。
彼らはシャーロットの秘密の同志となり、彼女の計画を着実に遂行していくための、重要な礎となっていった。夜遅くまで続く秘密の勉強会は、彼らにとって希望の光であり、自分たちの未来が、ただの召使いで終わらないことを教えてくれる時間だった。
シャーロットは、彼らの中に、アルカディア王国を変える確かな「種」が芽吹くのを感じていた。




