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悪役令嬢シャーロットは知っている ~この国、私が変えなきゃ終わるってこと  作者: 妙雨


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第1話: 新たな使命

8歳で前世の記憶を思い出したあの日以来、シャーロット・ド・グランディエの日常は、そのきらびやかな公爵令嬢としての表向きの顔とは裏腹に、全く別次元のものへと一変していた。


あの日のレイモンド殿下との出会いが、凍結されていた遠い記憶の扉をこじ開けた。


自室に戻ったシャーロットは、誰にも見られぬよう、部屋に備え付けられた巨大な世界地図を広げた。絹の生地に精密に描かれたアルカディア王国の全貌を前に、彼女の幼い心は戦慄していた。


「まさか、本当にここが……」


前世で熱中した乙女ゲーム、『アルカディアの光と影』の世界。その確信は、レイモンド殿下の顔を見た瞬間に得たものだったが、地図を前にすると、さらにそのリアリティが胸を締め付ける。


あのゲームの裏設定や、登場人物たちの細かな背景、さらには歴史の年表までもが、鮮明な情報として脳裏に蘇る。


シャーロットの幼い指が、地図上の重要拠点や交易路をなぞる。一つ一つ確認するたびに、前世の知識とこの世界の現状が寸分違わないことに驚愕し、同時に深い危機感を抱いた。


「アルカディア王国は、中央集権制が盤石なように見えて、実際は各公爵領の独立性が異常に高い。だからこそ、派閥争いが激化しているのね……」


彼女は独り言のように呟く。ゲームでは、国王派と対立する貴族たちが描かれていたが、それは単なる表面的な対立に過ぎなかった。


「特にグランディエ公爵家は国王派の筆頭。だからこそ、その反発勢力も根強いわ。国王陛下は善人だけど、その優しさが、結果的に貴族たちのつけこむ隙を与えている……」


シャーロットの指は、王都から各地方の貴族領へと伸び、経済圏と交易ルートを追った。


「経済は、貴族の度を過ぎた贅沢な暮らしに依存しすぎている。平民からの搾取が酷いどころじゃないわ。特に、農産物の流通システムが脆弱すぎる。一部の商人が富を独占し、流通を牛耳っているから、もし飢饉でも起これば……」


彼女はぞっとした。前世の知識では、この流通システムの脆弱性が、未来の食糧危機と暴動の引き金になることが示唆されていたからだ。


「これでは、一気に暴動に発展する可能性が高い。ゲームではヒロインが機転を利かせて危機を乗り越えることになっていたけど、それはあくまで一時しのぎ。根本的な解決にはなっていないわ」


シャーロットは、完璧な淑女教育を受けながらも、その裏で密かに国の政治、経済、そして社会情勢について前世の知識を応用して分析を続けていた。日中は、淑女としての嗜みを完璧にこなし、夜な夜な書斎にこもり、分厚い歴史書や経済書を読み漁った。


ある日の午後、書斎で経済学に関する古文書を読んでいたシャーロットの元に、公爵夫人である母エレノアが訪れた。


エレノア・ド・グランディエ。柔らかな金髪と優しい瞳を持つ、気品あふれる女性だ。穏やかな物腰だが、芯が強く、娘であるシャーロットの繊細な心と優しさを誰よりも理解している。


「あら、ロティ。また読書に耽っているのね。本当に感心するわ」


エレノアは微笑ましげに目を細め、そっと紅茶を差し出した。傍らには、シャーロットお気に入りの焼き菓子が添えられている。


「ありがとうございます、お母様」


シャーロットは本から顔を上げ、微笑んだ。その顔には、読書に夢中になった故の、ほんのわずかな疲労が浮かんでいた。


「でも、あまり無理をしてはいけないわよ。いくら知的好奇心を満たすためとはいえ、顔色が少し優れないように見えるけれど?」


エレノアは心配そうにシャーロットの額に手を当てた。その手は、ひんやりとして心地よい。


「大丈夫です、お母様。ただ、この国の歴史と経済の奥深さに、つい時間を忘れてしまって。知的好奇心を満たすのは、淑女の嗜みですから」


シャーロットは、内心の焦りを悟られぬよう、完璧な笑顔を作った。


「そうね、あなたの好奇心旺盛なところは、ギルバートにそっくりだわ」


エレノアは優しく目を細めた。ギルバートとは、シャーロットの父、グランディエ公爵のことだ。精悍な顔つきに、燃えるような赤毛と鋭い眼光を持つ、文武に優れた人物。アルカディア王国の外交を担っている。国王エドワードとは古くからの友人で、絶大な信頼を寄せられている。シャーロットの芯の強さは、まさに彼譲りだった。


「お父様も、昔は書斎にこもりきりだったと聞いています」


「ええ、特に難しい外交文書を読み解く時など、食事も忘れるほどだったわ。でも、あなたは女の子なのだから、もう少し淑女らしい趣味も持つと良いのだけれど」


エレノアは冗談めかして言った。


「お母様、わたくしは淑女としての嗜みは、全て完璧にこなしておりますでしょう?」


「ええ、もちろん。舞踏も乗馬も、お茶の淹れ方も、全て完璧だわ。でも、それだけではない、もっと楽しむ時間も大切よ。あなたの年齢では、もっとお友達と遊んだり、流行りの歌を口ずさんだり……」


エレノアは、娘が年相応の無邪気さも持ち合わせてほしいと願っていた。

シャーロットの完璧すぎる振る舞いが、時折彼女を心配させるのだ。


シャーロットは、母の言葉に罪悪感を覚えた。しかし、この国の未来を思えば、そんな悠長なことは言っていられない。これは知的好奇心ではない。これは、来るべき破滅を回避するための、必死の情報収集なのだ。この国の未来は、自分の肩にかかっている。そう考えると、幼い体にも関わらず、強い使命感が彼女を突き動かした。


数ヶ月にわたる徹底的な分析の結果、シャーロットは確信した。この国の腐敗は、ゲームのシナリオで描かれるような、単なる悪役貴族の陰謀で片付けられるような生易しいものではない。国の構造そのものに深く問題があり、それは既存の秩序を根本から揺るがさなければ、決して解決できないレベルに達している。


「私が『悪役令嬢』を演じる意味は、ここにある」


シャーロットは、本を閉じて静かに呟いた。ゲームのシャーロットは、ヒロインを虐げ、王太子に執着する傲慢な女として描かれていた。その結果、最終的には断罪され、国外追放される運命だった。


しかし、今のシャーロットにとって、「悪役令嬢」という役割は、国の変革を成し遂げるための「仮面」となる。


「あえて反感を買う行動を取ることで、腐敗した貴族たちを炙り出し、王国の抱える問題点を浮き彫りにする。そうすれば、レイモンド殿下も、この国の真の姿に目を向けることになるでしょう」


そして、その「悪行」の裏で、前世の知識を用いて国の改革を密かに進めていく。それは、誰にも理解されない孤独な戦いになるだろう。しかし、それでもシャーロットは覚悟を決めていた。


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