第17話:聖女の家
シャーロットの同志たちは、それぞれの任務を遂行し、シュワルツ侯爵家と『黒鷲商会』の不正の証拠を着実に集めていた。
フィンは、王立図書館の膨大な記録の中から、ドールマン男爵領の税収に関する過去10年間の記録と、シュワルツ侯爵家が関与する『黒鷲商会』の初期の商取引記録を突き止めた。彼の驚異的な記憶力は、数字のわずかな矛盾や、不自然な資金の流れを瞬時に見抜く。
「シャーロット様。ドールマン男爵領の税収は、近年減少傾向にあるにも関わらず、シュワルツ侯爵家への献上額だけが、毎年一定の割合で増加しております。また、『黒鷲商会』は、その設立当初から、シュワルツ侯爵家の私有地の農産物を独占的に買い占めており、その取引価格が市場価格よりも著しく低いことが判明いたしました」
フィンは、無駄のない言葉で報告した。彼の報告書には、数字と日付がびっしりと書き込まれ、具体的な不正の証拠が示されていた。
リリアは、マリーと共に、ドールマン男爵領に潜入し、農民たちから直接聞き取り調査を行っていた。彼女の控えめな外見と、数字の才能は、農民たちの警戒心を解き、彼らの苦境を正確に把握することを可能にした。
「農民たちは、男爵家から法外な税を要求され、収穫した作物の多くを安値で『黒鷲商会』に買い叩かれていると訴えております。飢えに苦しむ者も少なくなく、中には、子供を手放す寸前の家庭も……」
リリアの報告は、シャーロットの胸を締め付けた。彼女は、前世の記憶の中で、ゲームの裏設定として知っていた農民の窮状が、今、目の前で現実のものとなっていることに、強い憤りを感じた。
ルークは、王都の裏社会にまで手を伸ばし、『黒鷲商会』の裏の顔を徹底的に調査していた。彼の報告は、商会が違法な賭博や高利貸し、さらには人身売買にまで関与していることを示していた。
「『黒鷲商会』の資金源の一部が、近衛騎士団の特定の幹部へと流れているという情報も掴みました。また、シュワルツ侯爵家が、彼らの裏事業に多額の投資をしている証拠も……」
ルークの言葉は、シャーロットの確信を裏付けた。シュワルツ侯爵家は、単なる利権に群がる貴族ではない。彼らは、王国の根幹を揺るがすほどの、深刻な不正に手を染めているのだ。
ノエルは、ルーク、マリー、フィン、リリアが集めた情報を整理し、法的な観点から不正を立証するための準備を進めていた。彼の持つ民衆への深い共感と、学識は、この複雑な情報を整理し、具体的な告発へと繋げる上で不可欠なものとなっていた。
「これで、シュワルツ侯爵家と『黒鷲商会』の不正の全貌が、かなり明確になってきましたわね」
シャーロットは、集められた報告書に目を通しながら、冷たい笑みを浮かべた。彼女の瞳は、まるで獲物を追い詰めた猛獣のように鋭く光っていた。
「しかし、これほどの証拠を集めたとしても、彼らが簡単に罪を認めることはないでしょう。彼らは、王国の司法を掌握しようとしている。証拠をもみ消し、私たちを排除しようとするでしょう」
シャーロットは、再度、腐敗した貴族を断罪するための「体制」の必要性を痛感した。今の王国では、どれほど明確な証拠があっても、貴族の権力によって簡単に揉み消されてしまう。
「そのためには、国王陛下と、王太子殿下の絶対的な協力が必要よ。そして、何よりも、国民の世論を味方につける必要がある」
シャーロットは、静かに、しかし力強く呟いた。
「そして、そのためには、強力な味方を作る必要があるわ」
シャーロットの脳裏に浮かんだのは、王都でも屈指の清廉潔白さを誇る「聖女の家」と呼ばれる公爵家、ルミエール公爵家だった。
ルミエール公爵家は、代々清廉潔白を重んじる家柄で、私腹を肥やすことを嫌い、常に民衆に寄り添う姿勢を貫いてきた。彼らは、王都の貧しい地区に孤児院や診療所を設立し、貴族でありながら自らその運営に携わるなど、慈善活動に非常に熱心だった。その清らかな行いから、人々は敬意を込めて彼らを「聖女の家」と呼んでいた。
現在の公爵夫人であるアメリア・ド・ルミエールは、その美しさと慈悲深い心から「生ける聖女」と称され、国王や王妃からの信頼も厚かった。
「ルミエール公爵家は、国王陛下も深く信頼していらっしゃる清廉な家柄です。彼らの力を借りることができれば、この国の腐敗を暴く上で、これほど心強いことはないでしょう」
シャーロットは、マリーに命じた。
「マリー、ルミエール公爵家主催の慈善茶会の招待状を、手に入れることができますか?そして、その茶会でのアメリア公爵夫人の動向を詳しく調べて」
「承知いたしました、グランディエ公爵令嬢様。私自身の情報網を駆使し、必ずや招待状を手に入れてみせます」
マリーは、シャーロットの期待に応えるべく、きびきびと返事をした。
数日後、マリーは無事にルミエール公爵家主催の慈善茶会の招待状を手に入れてきた。それは、貴族社会の中でも限られた者にしか送られない、名誉ある招待状だった。
「流石ですわ、マリー。貴女の才覚には、いつも感服いたしますわ」
シャーロットは、満足げに微笑んだ。
茶会の当日、シャーロットは、敢えて派手さを抑えた、しかし上質な白のドレスを纏い、ルミエール公爵邸へと赴いた。その清楚な装いは、いつもの「悪役令嬢」としての姿とは一線を画し、彼女の清らかな美しさを際立たせていた。
茶会の会場は、優雅な貴族たちで賑わっていた。その中心には、慈悲深い微笑みを浮かべたアメリア公爵夫人が、優雅に談笑している。彼女の周囲には、多くの貴族令嬢たちが集まり、その言葉に耳を傾けていた。
シャーロットは、アメリア公爵夫人の元へと、ゆっくりと歩み寄った。彼女の登場に、周囲の貴族たちは一瞬、ざわめいた。学園での悪名高い評判は、社交界でも知れ渡っていたからだ。
「アメリア公爵夫人。グランディエ公爵令嬢シャーロットと申します。本日は、この素晴らしい茶会にお招きいただき、誠にありがとうございます」
シャーロットは、完璧なカーテシーをし、アメリア公爵夫人を見上げた。その瞳には、いつもの冷徹さではなく、純粋な尊敬の念が宿っていた。
アメリア公爵夫人は、優しく微笑んだ。
「あら、シャーロット様。噂はかねがね伺っておりますわ。貴女は、とても聡明でいらっしゃるそうですね。わたくしこそ、貴女のような若い方が、慈善茶会にお越しくださったことを嬉しく思いますわ」
アメリア公爵夫人の声は、まるで泉のせせらぎのように心地よかった。
「恐縮でございます。わたくしは、公爵夫人の慈悲深いお心と、民衆への献身的な活動に、心より感銘を受けております。わたくしのような未熟な者ではございますが、いつか公爵夫人のように、この国の民のために尽くしたいと願っております」
シャーロットは、心からの言葉を口にした。それは、決して偽りではない。前世の知識を持つシャーロットにとって、ルミエール公爵家のような存在は、この腐敗した王国において、まさに希望の光だった。
アメリア公爵夫人は、シャーロットの言葉に、目を細めて微笑んだ。
「貴女のその清らかな心は、きっと、この国の未来を照らす光となるでしょう。もし、貴女が何か困っていることがあれば、いつでもわたくしを頼ってくださいね。わたくしは、常に貴女のような、この国の未来を憂う若者を応援したいと思っておりますから」
アメリア公爵夫人は、シャーロットの手を優しく握りしめた。その温かい手のひらに、シャーロットは深い安堵と、確かな希望を感じた。
この瞬間、シャーロットは、ルミエール公爵家という強大な味方を得るための、最初の一歩を踏み出した。




