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悪役令嬢シャーロットは知っている ~この国、私が変えなきゃ終わるってこと  作者: 妙雨


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第15話:揺れる心

シャーロットは、学園の喧騒から離れた図書室の一角にいた。


分厚い歴史書を開き、前世の知識とこの世界の記録を照らし合わせながら、ヴァレンシュタイン公爵家の歴史における不審な点を探している。


ノエル・ド・クラインも、別の書架で民衆史に関する資料を読み漁っており、時折、シャーロットの方に視線をやっては、何か言いたげな様子を見せていた。


その時、図書室の重厚な扉が静かに開かれ、一人の人物が入ってきた。その姿を見た瞬間、シャーロットはわずかに顔を上げた。


「ロティ」


聞き慣れた優しい声が、シャーロットの座るテーブルの傍らに響いた。レイモンド王太子だ。彼の銀色の髪は、窓から差し込む冬の光を浴びて輝き、水色の瞳は、シャーロットの姿をまっすぐに見つめている。


「殿下、いらっしゃいませ。このような場所で、わたくしに何か御用でしょうか」


レイモンドの登場に、図書室にいた学生たちは一瞬ざわついた。しかし、彼らがレイモンドのシャーロットに向けられる熱い視線と、どこか甘い雰囲気を察すると、皆、気を利かせたように、一人、また一人と静かに図書室を出て行った。


ノエルもまた、シャーロットに一瞥をくれると、書物を抱えてそっと席を立った。やがて、広大な図書室には、シャーロットとレイモンドの二人だけが残された。


レイモンドは、シャーロットの向かいの席に静かに腰を下ろした。


「用、というわけではないんだ。ただ、君に会いたくてね」


レイモンドの言葉は、二人きりの空間に、甘く響き渡った。シャーロットの頬が、わずかに朱に染まる。


「殿下は、もうすぐご卒業でいらっしゃいますのに、このような場所で時間を浪費なさっていてよろしいのですか?」


シャーロットは、あえて冷たい言葉を選んだ。彼女は、今ここで、レイモンドとの間に甘い雰囲気を漂わせるわけにはいかないと、自分に言い聞かせた。彼の隣に立つのは「悪役令嬢」としての自分であり、真の彼の隣に立つべきは、ヒロインなのだ。


「時間の浪費だなんて、そんなことはないさ。君と話せる時間は、僕にとってかけがえのないものだよ、ロティ」


レイモンドは、シャーロットの言葉を全く気にせず、優しく微笑んだ。その瞳には、彼女への深い愛情が宿っている。


シャーロットは、レイモンドの率直な愛情表現に、胸が締め付けられるような思いがした。しかし、彼女は自らを律し、再び書物に視線を戻した。


「わたくしは今、この国の歴史について調べておりますの。殿下も、ご自身の卒業試験の準備にお励みになられてはいかがです?」


「はは、心配いらないさ。卒業試験の準備は、すでに万全だ」


レイモンドは、楽しそうに笑った。


「君は、相変わらず勤勉だね。だけど、あまり根を詰めすぎないでほしい。冬休み中も、随分と無理をしていたと聞いている」


レイモンドの言葉に、シャーロットはわずかに眉をひそめた。アルベルトか、それともクラウスから聞いたのだろう。


「ご心配には及びません、殿下。わたくしは、この国の未来のために、為すべきことを為しているに過ぎませんわ」


「未来、か……」


レイモンドは、シャーロットの言葉に、深い思索の表情を浮かべた。


「君が、ドールマン男爵の件で動いたことも、この国の未来のためだったのだな」


レイモンドの瞳が、シャーロットの真意を探るように、鋭い光を宿した。


シャーロットは、レイモンドの言葉に、一瞬だけ動揺した。彼は、彼女の行動の裏にある真の意図に、すでに気づいているのだろうか。


「殿下は、ドールマン男爵の件で、すでに動かれていらっしゃると伺っております。誠にありがとうございます」


シャーロットは、あえてレイモンドの質問には答えず、感謝の言葉を述べた。


「ああ。国王陛下にも報告し、ドールマン男爵の糾弾を進めているところだ。そして、シュワルツ侯爵家の関与についても、さらに調査を進めている」


レイモンドは、まっすぐにシャーロットを見つめ、自身の進捗を伝えた。彼の言葉には、彼女への揺るぎない信頼が込められている。


「殿下のご決断に、心より感謝申し上げますわ。腐敗した貴族の排除は、この国の未来にとって不可欠なことですもの」


シャーロットは、淑女の笑みを浮かべた。しかし、その笑顔の奥には、レイモンドが彼女の計画の歯車として、着実に動き出していることへの、密かな喜びが隠されていた。


「君は……本当に、この国を変えようとしているのだな、ロティ」


レイモンドは、シャーロットの頭にそっと手を伸ばし、彼女の艶やかな淡い金髪に飾られた水色のバレッタに触れた。


彼の指先が、バレッタを優しくなぞる。その瞬間、シャーロットの心臓が、ドクンと大きく鳴った。レイモンドの視線は、バレッタからシャーロットの瞳へと移り、その奥に潜む彼女の真の感情を探ろうとしていた。


二人きりの静寂の中、レイモンドの優しい眼差しと、温かい手の感触が、シャーロットの理性を揺さぶる。しかし、彼女は自らの使命を思い出し、ぐっと唇を噛みしめた。


「殿下、お手を放してくださいませ。わたくしは今、集中して調べ物をしたいのです」


シャーロットは、わずかに震える声で言った。彼女は、レイモンドの手をそっと押し退けた。


レイモンドは、少し寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに優しく微笑んだ。


「すまない、ロティ。邪魔をしてしまったようだね」


彼は、ゆっくりと手を引いた。


「いえ、殿下。とんでもございません。ただ……」


シャーロットは、それ以上言葉を続けることができなかった。


「ロティ。君がどんなに僕に冷たい態度をとっても、僕の気持ちは変わらないよ」


レイモンドの声は、静かに、しかし確固たる決意を秘めていた。


「僕は、君をずっと見てきた。君がどれほど聡明で、どれほど心の優しい女性であるかを。だから、君が今、どんな役割を演じていようとも、僕には関係ない。僕が愛しているのは、君自身なのだから」


その言葉は、シャーロットの心の奥底に、深く突き刺さった。彼女の目には、薄っすらと涙が浮かんだが、それをレイモンドに見せないように、ぐっと堪えた。


「殿下……」


シャーロットは、絞り出すような声で、それだけを言った。


レイモンドは、シャーロットの動揺に気づいたようだったが、何も言わなかった。ただ、優しく微笑むと、静かに立ち上がり、図書室の扉から消えていった。彼の後ろ姿を見送りながら、シャーロットは深いため息をついた。


シャーロットは、レイモンドの愛情に、これ以上応えられないことが、心苦しかった。しかし、彼女には、この国を変えるという、もっと大きな使命がある。


王国の未来をかけた悪役令嬢の戦いは、甘く切ない感情と、揺るぎない信念が交錯する中で、ゆっくりと、しかし着実に進行していく。そして、レイモンドとアルベルトの卒業が近づくにつれ、事態はさらに大きく動き出すことになるのだった。

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