第13話:兄との誓い
夜会の翌日の夜、シャーロットはアルベルトの執務室を訪れた。ノックすると、「入れ」というアルベルトの聞き慣れた声が響いた。
「お兄様、お呼びでございますか」
シャーロットは優雅に一礼した。アルベルトは書類から顔を上げ、優しげに微笑んだ。
「ああ、ロティか。ちょうど仕事が終わったところだ。君に話したいことがあったんだ」
両親が外交のため他国に出向いている今、公爵邸を預かるのは長男であるアルベルトだ。彼は見た目は優しく社交的だが、その内には公爵家としての誇りと、悪徳を許さない強い信念を秘めていた。
シャーロットの計画は、まだアルベルトには内緒だった。彼は妹の聡明さを誰よりも理解しているがゆえに、彼女の「悪役令嬢」としての行動が、単なる感情的なものではないことを薄々感じ取っている。しかし、その真意までは掴みかねていた。
アルベルトはペンを置き、シャーロットを座るように促した。彼の執務室は、書類が整然と積まれ、公爵家を預かる者の責任感が滲み出ている。
「私にですか?」
シャーロットは、内心警戒しながらも、冷静に尋ねた。
「ああ。昨夜の夜会での君の振る舞いについてだ」
アルベルトの言葉に、シャーロットは背筋を伸ばした。やはり、夜会の件だった。
「ドールマン男爵に対する君の言葉は、実に痛快だったよ」
アルベルトは、意外にも笑みを浮かべた。シャーロットは驚き、兄の顔をまじまじと見つめた。
「お兄様は、あの件をもうご存知でいらっしゃいましたのね」
「当然だ。王都の社交界の出来事など、隠し通せるものか。それに、レイからも聞いたよ」
アルベルトは、そう言って肩をすくめた。
「ドールマン男爵のような輩は、この国には掃いて捨てるほどいる。弱き者を搾取し、私腹を肥やす。父上も、常々憂慮されていたことだ」
アルベルトの表情から、優しげな笑みが消え、厳しい眼差しに変わった。その瞳には、公爵家を背負う者としての、強い責任感が宿っていた。
「ロティの指摘は、まさに的を射ていた。ドールマン領の農民が苦しんでいるという話は、僕の耳にも届いていたからね。彼らの苦境を、公然と貴族の面前で明らかにした君の行動は、勇気あるものだったと思う」
「お兄様……」
シャーロットは、兄の言葉に、内心感動していた。アルベルトは、彼女の行動を単なる「悪役令嬢の暴挙」としてではなく、「正義を貫く行為」として評価してくれていたのだ。
「だが、ロティ」
アルベルトの表情が、再び厳しくなった。
「君の行動は、少々危険な橋を渡っているようにも見える。あの場にいた貴族たちが、君に良い感情を抱かなかったことは明白だ。特に、シュワルツ侯爵派の連中は、君の態度を面白く思っていないだろう」
「それは、承知しておりますわ」
シャーロットは、毅然と答えた。
「何故あそこまでリスクを冒して、あのような発言をしたのだ?単なる正義感だけでは、説明がつかないように思うが」
アルベルトは、シャーロットの目をまっすぐに見つめた。彼の瞳は、妹の真意を探ろうとしている。駆け引き上手なアルベルトのことだ。彼女の行動の裏に、何か深い意図があることを感じ取っているのだろう。
シャーロットは、一瞬迷った。アルベルトに、自分の計画を全て打ち明けるべきか。しかし、まだ時期尚早だ。彼女の計画はあまりにも壮大で、危険すぎる。両親が不在の今、彼に余計な心配をかけたくない。
「お兄様は、この国の現状をどう思われますか?」
シャーロットは、質問を質問で返した。
アルベルトは、少し驚いたような顔をした後、静かに答えた。
「この国は、病んでいる。貴族の腐敗は目に余るものがあり、民衆の不満は限界に達しつつある。このままでは、いずれ大きな災いが起こるだろうと、父上もレイも、そして僕も感じている」
彼の言葉は、シャーロットの分析と寸分違わなかった。
「わたくしも、同感でございます。そして、その病を治すためには、時に荒療治も必要だと考えております」
シャーロットは、意味深な言葉を選んだ。
「荒療治……か」
アルベルトは、腕を組み、深く考え込んだ。彼の眉間に、わずかに皺が寄っている。
「君は、この国の病を治すために、自ら毒を飲む覚悟がある、とでも言いたいのか?」
アルベルトの言葉は、シャーロットの核心を突いていた。彼は、妹の内に秘めた決意を、正確に読み取っていたのだ。
シャーロットは、兄の真剣な眼差しをまっすぐに見つめた。
「はい、お兄様。わたくしは、この国のために、いかなる役割も演じる覚悟でございます」
その言葉には、一切の迷いがなかった。
アルベルトは、しばらくの間、沈黙していた。そして、やがてフッと息を吐くと、シャーロットの頭に手を置いた。
「ロティが何を企んでいるのか、まだ全ては理解できない。だが、君がこの国を憂い、その未来のために行動しようとしていることは、僕にはわかる」
アルベルトの声は、優しく、しかし確かな信頼が込められていた。
「ロティ、僕の可愛い妹。君がどんなに危険な道を歩もうとも、僕は兄として、常にロティの味方だ。もし、本当に助けを必要とする時が来たら、いつでも僕を頼ってくれ。ロティを一人にはさせない」
彼の言葉は、シャーロットの心に温かく響いた。彼女は、兄の深い愛情に、目頭が熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます、お兄様」
シャーロットは、兄の温かい手に、そっと自分の手を重ねた。まだ計画の全貌を明かすことはできないが、兄の理解と信頼は、彼女にとって大きな支えとなるだろう。
「レイも、ロティのことを案じているよ。ドールマン男爵をやり込めた後、すぐに僕に連絡を寄越して、男爵の不正について詳しく聞き出そうとしていた。彼の正義感は、君にも負けないほど強い」
アルベルトは、そう言って微笑んだ。
「殿下が、ドールマン男爵の調査に乗り出されたと伺いました。感謝いたします」
「君は、レイモンド殿下を、どこまで巻き込むつもりなのだ?」
アルベルトは、探るような視線をシャーロットに向けた。
「殿下は、この国の未来を背負う方でございます。この国の腐敗から目を背けることなど、許されませんわ」
シャーロットは、毅然と答えた。その言葉には、レイモンドに対する信頼と、彼を真の王へと導こうとする強い意志が込められていた。
アルベルトは、再びフッと笑った。
「まったく、君には敵わないな。だが、一つだけ約束してくれ、ロティ」
「何でしょう、お兄様?」
「君が、自分一人で全てを背負い込もうとしないことだ。僕も、父上も、そしてレイモンドも、君の味方だ。忘れるな」
アルベルトの言葉は、シャーロットの心に深く刻まれた。
「はい、兄様。肝に銘じます」
シャーロットは、兄に微笑み返した。




