第11話:悪役令嬢の戦場
冬休みに入り、連夜開催される舞踏会や茶会は、貴族の子弟たちが互いの家柄や人脈を誇示し、将来の婚約者を探す、まさに戦場のような場所だった。
「シャーロット様、週末の夜会の招待状でございます」
侍女のマリーが、上質な紙でできた招待状をシャーロットに差し出した。
「あら、王都伯爵主催の夜会ですわね。今回の招待客のリストは?」
シャーロットは、招待状を受け取りながら尋ねた。
「はい。王太子殿下もご参加されるため、年頃の令嬢方が多く集まるようです。シュワルツ侯爵家、そしてその派閥の貴族が多数招待されており、国王派の政治のやり方に反発する腐敗した貴族たちの姿も多く見受けられます」
マリーは、完璧な立ち居振る舞いで情報を伝えた。彼女は学園に潜入する形で、貴族たちの動向や噂話、さらには夜会の招待客リストまで、詳細に収集していた。
「なるほど、今回は大物が揃いますわね。ちょうど良い機会だわ」
シャーロットの口元に、冷たい笑みが浮かんだ。彼女の瞳は、まるで獲物を狙う鷹のように鋭い光を宿している。
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シャーロット・ド・グランディエ公爵令嬢は、16歳の誕生日をもって、いよいよこの社交界の表舞台に立つことになった。学園での圧倒的な成績は、彼女の「悪役令嬢」としての評判に拍車をかけ、彼女が登場する夜会では、常に周囲の視線が集中した。好奇、畏敬、嫉妬、様々な感情が入り混じった視線が、シャーロットに突き刺さる。
その週末の夜、シャーロットは夜会に赴いた。深い青色の瞳を強調する濃紺のドレスに身をつつみ、レイモンドから贈られた水色のバレッタを艶やかな淡い金髪に飾っていた。その完璧な美貌と威厳ある佇まいは、周囲の令嬢たちを圧倒するほどだった。
会場には、王立学園の生徒たちも招待されており、アルベルトやレイモンドの姿も見える。年頃の令嬢たちは、皆、王太子レイモンドの視線を引きつけようと、華やかに着飾り、控えめながらも熱い視線を彼に向けていた。
「ロティ」
聞き慣れた声が、シャーロットの耳に届いた。振り返ると、レイモンド王太子が、見慣れた優雅な笑みを浮かべて立っていた。彼の隣には、いつものように冷静沈着なクラウス・ド・エーレンベルグ子爵が控えている。
レイモンドは、シャーロットの髪に飾られたバレッタに、すぐに気づいたようだった。
「それ……つけてくれてるんだね」
レイモンドの瞳が、喜びで輝いた。その視線は、バレッタに吸い寄せられるように固定されている。
「はい、殿下。お誕生日プレゼント、ありがとうございます。とても気に入っておりますわ」
シャーロットは、淑女の微笑みを貼り付けながら、答えた。内心では、レイモンドの率直な感情表現に、少なからず胸が温かくなるのを感じていた。
「良かった。よく似合っている。」
レイモンドは、シャーロットの髪に飾られたバレッタを、慈しむように見つめた。その言葉には、彼自身の瞳の色を、シャーロットが身につけていることへの、深い満足感が滲み出ていた。
クラウスは、二人の会話に表情を変えることなく、しかし、その視線は一瞬だけバレッタからシャーロットの顔へと移った。彼は、レイモンドがシャーロットに抱く感情の深さを改めて認識し、その傍らで静かに微笑ましい光景だと受け止めていた。
夜会は、きらびやかな貴族たちで賑わっていた。優雅な音楽が流れ、グラスの触れ合う音が響く。しかし、シャーロットの耳には、その表面的な華やかさの裏に隠された、貴族たちの醜い本音や、陰謀の囁きが聞こえてくるようだった。
「あら、シャーロット様。今夜もまた、ご機嫌麗しゅうございますわね」
カトリーナ・ド・シュワルツ侯爵令嬢が、取り巻きを引き連れてシャーロットに近づいてきた。学園での一件以来、カトリーナはシャーロットを警戒しつつも、公の場では表向きの礼儀を保っていた。その視線は、レイモンドからシャーロットに向けられる熱い視線への嫉妬に燃えている。
「あら、カトリーナ様。貴女もご出席でいらっしゃいましたのね。学園での品格を保てない方が、夜会でどのような振る舞いをなさるのか、わたくしは少々興味がございますわ」
シャーロットは、冷たい視線でカトリーナを見据え、挑発的な言葉を投げかけた。カトリーナの顔が、わずかに引きつった。
「シャーロット様は、相変わらずでいらっしゃいますこと。そのようなご発言は、ご自身の品位を貶めることになりますわよ」
カトリーナは、なんとか平静を装おうとするが、その声には怒りが滲んでいた。
「ご心配には及びませんわ。わたくしの品位は、貴女のような方とは異なり、容易く揺らぐものではございませんから」
シャーロットは、フン、と鼻を鳴らし、カトリーナの言葉を一蹴した。その言葉のやり取りに、周囲の貴族たちがざわめき始める。
その時、一人の男爵が、酔いに任せて大声で話し始めた。男爵の名前は、アラン・ド・ドールマン。彼はシュワルツ侯爵家と同じく、自らの利権を追求する腐敗した貴族の一人だった。
「まったく、最近の農民どもは、文句ばかり言う! 『今年は豊作だから』と増税すれば、すぐに『生活が苦しい』だの『税が重すぎる』だの、騒ぎ立ててばかりで、本当に虫唾が走るわ! まったく、あいつらは締め上げてやらねば、こちらの言うことなど聞きやしないんだ!」
その言葉に、周囲の貴族たちは笑い声を上げた。彼らもまた、同じような考えを持つ腐敗した者たちだ。シャーロットの瞳に、冷たい怒りの炎が宿った。
「ドールマン男爵」
シャーロットの声が、突然、会場の笑い声を掻き消した。その声は、音楽が流れる夜会の喧騒の中でも、はっきりと響き渡った。男爵は、驚いてシャーロットの方を向いた。
「貴方は、先ほど、農民の税について何かおっしゃっていらっしゃいましたわね? 豊作であるにも関わらず、税を滞納していると」
シャーロットは、優雅な仕草でグラスを傾けながら、男爵を見据えた。その視線は、獲物を追い詰める捕食者のようだった。
「い、いや、グランディエ公爵令嬢。それは、ただの戯言でございまして……」
ドールマン男爵は、シャーロットのただならぬ雰囲気に気圧され、たじろいだ。彼の顔には、焦りが滲んでいた。
「戯言、ですって? しかし、わたくしは、この国の基盤を支える農民の方々を侮辱するような言葉を、戯言として聞き流すことはできませんわ。貴方がおっしゃる『豊作』とは、いったいどこの地方のことでございましょう? わたくしの知る限り、今年の収穫は例年並み。それどころか、一部の地域では、昨年の病害の影響で、収穫量が著しく落ち込んでいると伺っておりますが」
シャーロットの言葉に、周囲の貴族たちの顔色が変わった。彼女は、前世の知識と、ルークたちが収集した情報に基づいて、正確な事実を突きつけていたのだ。会場のざわめきが、ひときわ大きくなる。
「もしや、貴方は、ご自身の領地の農民から、不当に高い税を取り立て、彼らを苦しめているのではございませんの? そして、それを正当化するために、虚偽の情報を言い触らしていると?」
シャーロットの言葉は、氷のように冷たく、鋭かった。ドールマン男爵は、顔を真っ青にして、震え始めた。額には、脂汗が滲み出ている。
その時、一筋の光がシャーロットの元へと差し込んだ。王太子レイモンドが、彼女の元へと歩み寄ってきたのだ。彼の銀色の髪は、シャンデリアの光を浴びて輝き、水色の瞳は、シャーロットの姿をまっすぐに見つめていた。
「シャーロット、どうしたんだ? 何か問題でもあったのか?」
レイモンドの声は、穏やかだったが、その瞳の奥には、シャーロットの行動に対する深い探求心が宿っていた。
「あら、殿下。ご心配には及びませんわ。ただ、ドールマン男爵が、少しばかり、この国の経済状況について誤解をなさっていらっしゃるようでしたので、わたくしが少しばかりご説明を差し上げていただけですわ」
シャーロットは、優雅な微笑みを浮かべ、レイモンドに答えた。その微笑みの裏には、一切の動揺が見られない。
レイモンドは、ドールマン男爵の震える顔と、シャーロットの冷徹な瞳を交互に見た。
「そうか。シャーロットの説明は、いつも的確だからね。ドールマン男爵も、きっと勉強になったことだろう。今後の領地経営に活かすと良い」
レイモンドの言葉は、シャーロットの行為を擁護するものだった。ドールマン男爵は、王太子の言葉に、さらに顔面蒼白になり、その場に崩れ落ちそうになった。
しかし、レイモンドの瞳は、シャーロットから離れなかった。彼は、シャーロットの言葉の裏に隠された、この国の現状への深い憂慮と、変革への強い意志を感じ取っていた。
「ロティ。君は、本当に……」
レイモンドは、それ以上言葉を続けることなく、ただシャーロットの瞳を見つめた。彼の心には、彼女への深い愛情と、彼女が背負おうとしているものの重さに対する、複雑な感情が渦巻いていた。
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夜会の影で、シャーロットの同志たちは、それぞれの持ち場にいた。
マリーは、シャーロットとドールマン男爵の会話の一部始終を、メモ帳に記録していた。彼女の記録は、後日、グランディエ公爵邸での情報分析会議で、重要な資料となる。
ルークは、会場の隅で、怪しい動きをする貴族たちに目を光らせていた。彼の鋭い視線は、誰がドールマン男爵の言葉に賛同し、誰が不審な表情を浮かべたか、全て見逃さなかった。
フィンは、会場の配置図を頭に入れ、不測の事態に備えて、常にシャーロットの背後に控えていた。
シャーロットは、レイモンドの視線を浴びながら、心の中で呟いた。
──殿下、わたくしは、この国を救うために、悪役となることを厭いません。貴方がわたくしの「悪行」を止めるその日まで、わたくしは歩み続けますわ。
彼女の計画は、着実に、しかし確実に、このアルカディア王国を変革の渦へと巻き込んでいくのだった。




