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悪役令嬢シャーロットは知っている ~この国、私が変えなきゃ終わるってこと  作者: 妙雨


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プロローグ

アルカディア王国、グランディエ公爵邸。太陽の光が降り注ぐ広大な庭園の一角、咲き誇る薔薇のアーチの下で、8歳のシャーロット・ド・グランディエは一人、本を読んでいた。艶やかな淡い金髪は陽光を浴びてきらめき、夜空の星を閉じ込めたような深い青色の瞳は、物語の世界に没入している。


「ロティ!お客さまがいらしたわよ」


優雅な公爵夫人エレノアの声に、シャーロットはゆっくりと顔を上げた。来客など珍しくない。いつものように形式的な挨拶を交わすのだろうと、軽く頷いて母の元へと向かう。


しかし、その日の来客は、彼女の人生を大きく変えることになる。


広間の扉を開けると、そこには見慣れない少年が立っていた。銀色の髪は月の光を溶かしたように輝き、冬の青空のような水色の瞳は、幼いながらもどこか研ぎ澄まされた光を宿している。その隣には、シャーロットの3歳年上の兄、アルベルト・ド・グランディエが、いつもの穏やかな笑顔で立っていた。


「シャーロット、ご紹介するわ。こちらは王太子殿下、レイモンド・フォン・ド・アルカディア様よ」


母の言葉に、シャーロットは反射的に深々とカーテシーをした。王太子。その響きに、彼女の記憶の奥底で、何かが弾けるような感覚が走った。


「初めてお目にかかります、レイモンド殿下。シャーロット・ド・グランディエと申します」


顔を上げた瞬間、シャーロットの視線はレイモンドの目に吸い込まれた。途端に、頭の中に奔流のように記憶が流れ込んできた。


──あ、これ、知ってる。この顔、この名前、この世界観……!


脳裏に浮かんだのは、前世の記憶だった。そう、私は日本人だった。20代のOLで、趣味は乙女ゲームと読書。そして、今、目の前にいるこの少年は、かつて私が熱中した乙女ゲーム『アルカディアの光と影』の攻略対象の一人、そしてメインヒーローである王太子レイモンド・フォン・ド・アルカディアその人ではないか!


「うん、君がシャーロットか。アルから話は聞いている。会えて嬉しいよ」


レイモンドは微笑んだ。その微笑みも、ゲームのオープニングで見たものと寸分違わない。いや、それ以上に生々しく、魅力的だ。彼の声を聞いた瞬間、シャーロットは確信する。

ここは、あの乙女ゲームの世界だ、と。


「レイ、ロティは僕の自慢の妹なんだ。少し恥ずかしがり屋だけど、とて可愛いんだぞ」


アルベルトがレイモンドの肩を叩きながら、親しげに話しかける。


「知ってるさ、アル。君がどれだけシャーロット嬢を可愛がっているか、いつも聞かされているからね」


レイモンドもまた、アルベルトを「アル」と呼び、二人の間には幼い頃からの深い友情が見て取れた。その光景も、ゲームの冒頭で描かれていた通りだった。


シャーロットは混乱していた。まさか、自分が乙女ゲームの世界に転生していたとは。しかも、よりによって『アルカディアの光と影』の世界に。


このゲームは、ヒロインが平民出身の伯爵令嬢として社交界に現れ、レイモンドをはじめとする攻略対象たちと恋を育み、最終的に国を救うというストーリーだった。


そして、そのゲームにおいて、シャーロット・ド・グランディエは、ヒロインを虐げる完璧な「悪役令嬢」として登場し、最終的には国外追放か、あるいは断罪される運命だったのだ。


──まさか私が、あの悪役令嬢シャーロットに転生するなんて……!


前世の記憶が蘇ったことで、シャーロットは、この世界が抱える深刻な問題も思い出す。ゲームでは、ヒロインと攻略対象たちが奮闘し、国の危機を乗り越えることになっていたが、それはあくまで彼らの視点での物語だ。


前世でゲームを隅々までやり込んだシャーロットは、その裏にあるアルカディア王国の真の腐敗と、ゲームのシナリオ通りでは決して解決できないであろう深刻な問題を知っていた。


このままゲームのシナリオ通りに進めば、この国は確実に滅びる。


脳裏に浮かぶのは、ゲームで語られた裏設定の数々。貴族間の権力争いの激化、不公平な税制、民衆の不満の鬱積、他国からの介入の危機……。ヒロインが国を救う、というエンディングは、表面的な問題解決に過ぎず、根本的な腐敗はそのまま放置されるか、あるいは悪化する一方だった。


シャーロットは、目の前で優雅に微笑むレイモンドの顔をじっと見つめた。銀色の髪に水色の瞳。まさに「王子様」と呼ぶにふさわしい完璧な容姿。ゲーム内でも絶大な人気を誇ったキャラクターだ。


幼いレイモンドは、まだその端正な顔立ちに厳格さはなく、むしろ柔らかな雰囲気を纏っていた。ふとした瞬間に視線が合い、彼がシャーロットの顔を興味深そうに見つめていることに気づく。


「シャーロット嬢は、どんな本が好きなの?」


レイモンドが優しく問いかけた。彼の声は、ゲームボイスよりもずっと温かい。


「はい、殿下。特に、異国の物語を読むのが好きでございます」


シャーロットは淑女の微笑みを貼り付けたまま答えた。内心では、前世の記憶と今世の状況との間で、嵐のような思考が駆け巡っていた。


──この国を、救わなければならない。このままでは、ゲームのエンディングどころか、本当に滅びてしまう。


シャーロットは、これから自分が「悪役令嬢」としてどんな行動を取ることになるのかを、漠然と覚えている。ヒロインを虐め、レイモンドに執着し、社交界で反感を買い……。


しかし、前世の知識と、この国の現状を知ってしまった今、その「悪役令嬢」という役割が、まるで別の意味を持つかのように思えた。


──もし、私が悪役令嬢として、この国の腐敗を暴き、変革を促すことができるのなら?


彼女の心に、一つの大胆な計画が芽生え始める。それは、自らが「完璧な悪役令嬢」を演じ、社交界に波乱を巻き起こすことで、国の根幹を変革するという、壮大で、そして危険な企みだった。


レイモンドは、沈黙して自分を見つめるシャーロットの深い青い瞳に、何か特別な輝きを感じていた。まだ8歳の少女だというのに、その視線には他の貴族の令嬢にはない、強い意志のようなものが宿っているように見えた。


「君の瞳は、まるで深い夜空のようだね」


レイモンドは無意識のうちに、そう呟いた。


シャーロットは少し驚いたように瞬きをした。


「そうでしょうか、殿下」


「ああ。そして、その奥には、星々が輝いている」


レイモンドは、その時初めて、シャーロットという少女に、強く惹かれる感覚を覚えた。それは、単なる友人であるアルベルトの妹という以上の、不思議な魅力を放つ存在だった。


(この美しい王国が滅びるなど、あってはならない。そして、目の前にいるこの未来の王太子が、無為に苦しむ姿など、見たくない)


シャーロットの心の中で、前世の知識と、この世界への新たな感情が混ざり合い、一つの強固な決意へと変わっていく。


「殿下……この国のために、私にできることがあるのなら、喜んでお力になります」


シャーロットの言葉に、レイモンドは微笑んだ。

その笑顔は、未来の「悪役令嬢」が、未来の国王を救うために歩む、過酷な道のりの始まりを、まだ知る由もない。

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