夢見が悪いので
鍋の中身をすべて食べ終えた女は、そのままテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
改めて見るまでもないが、女の服はボロボロで、体も痩せていた。
一年前の人間と魔族の戦争の生き残りなのだろう。
たしかあの戦いの後、生き残った魔族は散り散りになったと聞いたな。
ぐっすり寝ているな……。
どうしよう。
特に魔族だからといってすぐ殺す、なんて決まりはない。
それにどうやらプニ雄のことを知っているようだし、このまま追い返して野垂れ死にさせても夢見が悪い。
幸いこの村は世捨て人の集まりでもある。
魔族の一人や二人が住み着いても問題はないだろう。
女をそっと抱き上げ、ベッドへ降ろし、今後について考えた。
まずはこの女の住む家と仕事をどうするかだな。
食い物は……しばらくはうちの畑を手伝ってもらって、その代価として渡せばいいか。
ボロボロの服もどうにかしないとな。
ぐっすり寝ているし、ココアあたりにいらない服がないか聞いてみよう……ダメだな。
変な誤解が生まれるかもしれない。
成人男性が15歳の女の子の服を貰うのは普通に考えてまずい。
事案すぎる。
そうなると……あそこに行くか。
俺は心当たりに会いに行くために家を出ることにした。
っと、その前に――。
念のために、貴重品を入れているタンスに植物を使って罠を張っておく。
念のためね、念のため。
そうだ、ついでに鍛冶屋へ荷車を返しておこう。
プニ雄を抱え、荷車の荷台に乗せると村へ向かった。
◇
「ごめんくださーい」
扉をノックし家主を呼び出す。
この家は村にある、機織り職人の家だ。
洋服が欲しい時は大体ここにお願いしている。
もちろん代価は払う。
少し待つと、中から声が聞こえ、扉が開いた。
「やっぱりダイチだったか、おや? プニ雄もいるなんて珍しいね。いらっしゃい」
そう言って出てきたのは、煌めく金髪に青い瞳が特徴的なイケメンだった。
彼の名は「ロイアルド」だ。
皆、愛称としてロイと呼んでいる。
元王族というウワサのある男だ。
住民の過去を探るのはご法度なので、あくまでも噂だ。
二人で飲んだ時にポロッとその事をこぼしたなんてことはない。
……俺も酔っていたし、記憶が合っているか分からない。
そんなロイはこの村で唯一といっていいほど、服作りに長けた人物だ。
なので要件を伝えた。
「いきなりで悪いんだが、女物の服の在庫はあるか?」
「女性物か……あいにくココアちゃんの胸に合う服は今はないんだよね」
なぜココア?
「違う違う。ココアのじゃなくてだな、これくらいの背丈のが欲しいんだ」
俺は手で身長を示し、記憶にある女の体型を手で表現した。
「ふーん……誰に必要な服なんだい?」
まあ隠す必要もないし言ってしまうか、どうせすぐに知れ渡ることだし。
「じつは、プニ雄の知り合いっていう魔族の女が来てな。今家で寝てるんだよ」
「魔族……例の戦争の生き残りってこと?」
「そうなるな。服もボロボロだし食事もロクに食べてないみたいだったからな。追い返すのも……って思ってな」
ロイは口に手を当て、何かを考える仕草をしたあと、口を開いた。
「わかった。三着くらい合いそうなのがあるから持ってくといいよ。ちょっと待ってて」
そう言うとロイは家の奥へと向かった。
よしよし、これで服の問題は解決だな。
ロイを待っているといきなり背中を叩かれた。
「いってぇ!」
痛みに振り返ると、2メートル近い巨体を誇る人物が立っていた。
「ハッハッハ! 久しぶりだねえダイチ! プニ雄も元気そうだねえ!」
見た目もデカイ上に声もデカく、筋肉隆々なこの人物。
“彼女“の名前は「リネッタ」
この村で生まれ育った女性だ。
そしてロイの奥さんだ。
もう一度言う。
ロイの奥さんだ。
なんでもロイの方が一目惚れしたらしい。
詳しい出会いを聞いた記憶はあるが……よく覚えていない。
今度改めて聞いてみよう。
そんなリネッタは片手に子供を抱いていた。
ロイとの子供だ。
ちなみに性別は女の子。
村の住民一同、成長したらロイに似ることを切に願っている。
切に。
名は二人から一文字ずつ取ったそうで……。
その名も「ロリッタ」
もうちょっと……ねえ。
俺が異世界から来たからそう思うだけなのかな?
「おかえり、僕のエンジェルたち。ダイチ、こんな感じの服でいいかな?」
「多分いいと思う。ありがとう」
ロイから服を三着受け取ると、リネッタが豪快に笑いながら言った。
「なんだいなんだい、ココアにあげるプレゼントにしては多いんじゃないかい?」
またココアか、なんで二人とも最初にココアの名前が出るんだろうか。
……よくうちに来るからか。
勝手に疑問に思って勝手に納得した。
「違うよ、僕のエンジェル。ダイチの家に魔族の女性が訪ねてきたらしくてね。そのための服なんだ」
「女ぁ? アンタ、ココアはどうすんのさ?」
「いや、どうするも何も、ココアは関係ないだろ。それに魔族の女はプニ雄を知ってるみたいなんだ」
「かっー! この男は! あの子も苦労するねえ。プニ雄もそう思うだろ?」
まさか俺とココアが恋人になるとでも思っているのか?
……ないだろ、あっちは15でこっちは24だぞ。
向こうも近所のお兄さんとして接しているだろうし。
プニ雄も首を傾げている。
これ以上ココに居るとあらぬ疑いをかけられそうだ。
「それじゃあ俺はもう行くから。服ありがとな~」
俺はプニ雄を抱えて、走り出した。