第17話 そして伝説へ
その頃、検問を配置していた交差点前のお巡りさん達は、やってくるであろう鬼ヶ島へ対処するため、一車線を封鎖したまま、待機していました。
すると、何やら山の方から擦れるような音と共に、スキール音が聞こえてきました。
その音は徐々に大きくなり、近づいてきていることがわかります。
やがて、火花を撒き散らしながらやってくる3台の姿が視界に入りました。
グランド、クラウンのブレーキディスクが発熱によって赤い閃光を放ちながら、猛然と駆け下りてきたのです。
「な、なんだァ――!?」
「危ない!退避、退避――ッ!」
検問をしていたお巡りさん達は、一斉に散り散りになり、二次災害を抑えるために動き出しました。
一方、MOMO太郎はブレーキを踏み続けながら、道路の先に検問が配置されていることを見つけます。
このまま進んで止まれるかどうか、正直わからない状況です。
離脱すればMOMO太郎は助かります。ですが、そうなれば鬼ヶ島のドライバーがどうなるか――。重い車体は、容赦なく前方の検問所、パトカーなどを薙ぎ払い、大事故へと繋がるでしょう。
そんな事はさせまいと、ただひたすらブレーキを踏み続けました。
その思いが通じたのか、3台の車速は確実に落ち始め、検問所に配置されていた赤い三角コーンを一本撥ねたところで、完全に停止しました。
鬼ヶ島を確保しました。
深い深い、今までで感じたことのないほどに大きなため息をつくと、途端に汗が流れだし、ハンドルを握る手も震え出す始末でした。
ゆっくり呼吸を整えていると、運転席をノックする音が聞こえてきました。
顔を向けると、そこには追走してくれていたお供のお巡りさんが、肩で息をしながらMOMO太郎に声をかけていました。
「ご協力、感謝します。おかげで鬼ヶ島のメンバー全員を捉えることができました」
「いや何、出来ることをしたまでですよ。お巡りさんこそ、僕の無茶な行動を助けて下さり、ありがとうございました」
「まさかブレーキトラブルが起こるとは思いませんでしたからね。これから始末書やら何やらで忙しいでしょうが、命を守れたんです。これ以上ない幸運ですよ」
そっとルームミラーから、鬼ヶ島のドライバーの様子を伺うと、どうやらハンドルに額を当ててうずくまっている様子です。
「あの辺り……。急に速度が落ち始めましたが、一体何が起こったんでしょうかね」
お巡りさんは、来た道を振り返りながら溢すように呟きました。
「はは……。あの辺りからは、少し勾配が緩くなるんですよ。きっとそういうことです」
はあ……。と、お巡りさんは納得したような、していないような曖昧な返事をしたまま、黙り込んでしまいました。
「では私は、これで失礼します。あとはよろしくお願いします」
そう言って、ギアを一速に入れ、グランドはゆっくりと走り出しました。
「え?いやちょっと待って――」
お供のお巡りさんの掛け声も虚しく、グランドは検問をガン無視して夜の街へと降りていってしまいました。
「一台逃げたぞ!追え!」
退避していたお巡りさん達が、MOMO太郎のグランドを追うためにパトカーへと乗り込もうとしました。
「待ってください!彼の追跡は私が行います」
名乗りを上げたのは、お供のお巡りさんでした。
「まず、鬼ヶ島の件を片付けましょう。彼――白い幻影については、私に考えがあります」
◆◆◆
数ヶ月が経った頃。MOMO太郎は傷ついた車体を修復することに尽力していました。
お爺さんとお婆さんは、それを見守っていました。
そして、漸く車体が復活しそうになった頃、ある一台のパトカーが、MOMO太郎達の住む家へとやってきました。
お爺さんとお婆さんは、今までの余罪がバレてしまったのかと思い、すぐさま家の影へと隠れましたが、肝心のMOMO太郎はというと、グランドの側から一歩も動く様子がありません。
パトカーから降りてきたのは、なんと、あの時のお供のお巡りさんでした。
真っ直ぐ、MOMO太郎の元へと向かいます。
「もしもし、今お時間よろしいでしょうか」
「はい、なんでしょうか」
「MOMO太郎さん――ですね。貴方に折り入って話がございます」
「速度超過、危険運転、整備不良――どの話でしょうか。いや、それとも全てですかね」
MOMO太郎の表情に焦りや後悔は見られません。
しかし、お巡りさんは何故か微笑んでいます。それを見たMOMO太郎は、えもいわれぬ感情に支配され、怖気付いてしまいました。
「いや、実はですね。今回の件では貴方に助けられたわけです。そこで、今後似たようなチームが現れた場合、我々だけでも対処できるようにする為、貴方を技術顧問として迎え入れてはどうか――という話が出ているのです」
「……え?」
「“白い幻影”――その走りの遺伝子を、我々交通機動隊に継承していただきたいのです。いかがでしょうか」
突飛もない話に声が出ないMOMO太郎ですが、嫌な気はしません。
しかし、それを手放しで喜べるほど、楽観的ではありませんでした。
MOMO太郎は、ゆっくり首を横に振りました。
「どうしてですか?あの鬼ヶ島達をとっちめたのは、正義感からだったのでは?同じように暴れている輩を、これからも抑える必要があるのです。どうか、ご協力していただけませんか」
「僕はただの車好きです。確かに鬼ヶ島達の行いは許し難いものでした。お巡りさんの言うとおり、正義感で戦ったことは間違いありません。ですが、根本的なところでは、僕も鬼ヶ島も同じなんです。一歩間違えれば人を巻き込む危険人物――。反社会的という意味では、彼らと違いはありません。そんな輩と警察が手を組む――そんなこと、あってはならない事だと思うのです」
MOMO太郎は融通が効きませんでした。
お巡りさんは、ふっと笑いながら、踵を返しました。
「貴方の協力があったという事実――危険運転を見逃していた以上、それは公にできません。それはつまり、感謝状なんかも贈ることができない、ということになります」
「気にしていませんよ」
「ならばせめて、私からお礼を言わせてください」
そういって、お巡りさんは帽子をとって、MOMO太郎に向かって深々と頭を下げました。
「今回の件、誠にありがとうございました」
「いえ、お気になさらず」
「……今後もし、街中で貴方を見かけることがありましたら、その時はエンジン音を抑えてください。あと、山を攻める時も、くれぐれも私たちの目の届かない範囲でお願いしますね」
そう言いながら、お巡りさんはパトカーへと戻り、そのまま帰ってしまいました。
「MOMO太郎、一体なんの話だったんだい」
話しかけてきたのはお爺さんでした。
「お父さん……。いや、大したことじゃありませんよ。今後とも、安全運転をお願いします――だそうです」
こうして、街に平和が訪れました。
そしてその日からは、“真っ白な旧車が、イカれた音と速度で環状線を走っている”、“消えるように速い車が山に現れる”という噂が立ち始めました。
めでたしめでたし。