第15話 ノーブレーキ
ついに鬼ヶ島を追い詰めたMOMO太郎。しかし、ここから先は中速区間。パワーの劣るMOMO太郎のグランドにとって、苦しいポイントとなります。
R50のコーナー侵入時のブレーキング勝負において、一気に距離を縮めることはできましたが、コーナリングではFドリよりもグリップ走行の方が速いことは明白です。
フロントにトラクションをかけたままコーナリングを終えたことで、立ち上がりで有利となったグランドでしたが、安定したコーナリングを行っていたことと、FR駆動による力強いトラクション――。そして何より、ターボによるパワーを授かっていた、鬼ヶ島の加速力を上回ることはできません。せいぜい同等程度の速度におさまっています。
鬼ヶ島のドライバーは、ここから先はパワーの差で突き放せる――そう考えていました。
しかし、ダウンヒルにおいては、車体のパワーの差よりも、車重、テクニックの差が最も勝敗を分つ要素となります。
MOMO太郎はそれを、過去の経験から熟知していました。
かつてお爺さんとお婆さんのシルビア、チェイサーと走った時のことです。
S14シルビアK's後期型は、2リッターターボ、220馬力。お婆さんのチェイサーツアラーVは2.5リッターツインターボ、280馬力です。対してMOMO太郎のグランドは、1.6リッター自然吸気、185馬力です。パワーは完全に劣っていたにも関わらず、なぜダウンヒルで振り切ることができたのか――。
それは、車重の差によって生じるブレーキポイントのズレです。
重い車体ほど減速に時間がかかり、制動距離は伸びる傾向にあります。つまり、軽量化を施したグランドは制動距離が短いため、その分アクセルを踏む時間が多くなるということです。
加えて、ダウンヒルであれば、NAの弱点である低回転域のトルク不足も補うことができます。
MOMO太郎は全く諦めていません。それどころか、瞳に宿す炎がより激しさを増すばかりです。
鬼ヶ島のドライバーは、緩やかなコーナーを攻めます。アウトインアウトの連続、誰が見ても最短距離とわかるライン取りを行います。
「これだけの速度、加えて最適なライン――。あの野郎がどれだけ速かろうが、こっちが理想的なラインを走れば、手も足も出ねえだろ」
鬼ヶ島の目論見も、間違いではありません。同じラインを走るのであれば、パワーのある車の方が速くなるのは必然だからです。
しかし、追いかけているのはMOMO太郎です。そんな常識の枠に収まるような存在ではありませんでした。
先ほどまでは距離が空いていたはずのグランドのヘッドライトが、じわりじわりと近づいてきているのです。
「差が詰まってる――!?」
スピードメーターは常に3桁台、左右から押されるような荷重を受けながらコーナーを攻めているにも関わらずです。
何が起きているのかわからないドライバーは、気がどうにかなりそうでした。
そんなMOMO太郎の姿を後ろから見ていた、パトカーのお巡りさんは、あることに気がつきました。
「あいつ――R50を越えてからブレーキ踏んでないな」
「やっぱり、そうですよね!?ブレーキがイカれたか!?」
「大丈夫、それはない。わざと踏んでないんだよあいつは」
お巡りさんは、鬼ヶ島とMOMO太郎の二台が同時に視界に入っていました。
それ故に、同じコーナーに侵入する際の違いをハッキリと見ることができたのです。
「鬼ヶ島はコーナーアプローチ前にフットブレーキでゆるやかに減速してからクリアしている。対してあいつは、基本的にアクセル全開。コーナー侵入時には、エンブレを使って減速している」
「……つまり、MOMO太郎の方が速いってことですか。でもそれじゃ、すっ飛んでしまいませんか?だって、鬼ヶ島より速い速度で曲がってるってことなんですから」
「タイトなコーナーならともかく、あれだけゆとりのあるコーナーであれば、左足ブレーキも必要ないってことだろう。尤も――頭のネジが飛んでなきゃ、あんな突っ込みはしないがな」