第14話 天然の刃
右コーナーの橋を越えた先、同じ規模の左コーナーが現れますが、続く三台目までは流石に届きません。
イン側から立ち上がったMOMO太郎は、そのままインベタで侵入し、アウト側へとラインを寄せながら坂道を飛ぶように駆け抜けていきます。
減速帯により、車体は跳ね上げられるように激しく揺れています。そんな中、MOMO太郎は一人考えていたことがありました。
彼ら鬼ヶ島の車体は確かにコーナリングが苦手である。ただしそれは、環状線のような高速区間での話。ここから先はしばらく緩いコーナーが連続するだけの、直線的なコース。速度が乗るとはいえ、この程度のコーナーであれば、難なくクリアされるだろうということです。
二台目を撃墜できたのは運が良かっただけ。続く三台目、そして先頭の四台目――殆ど同時に撃墜しなければ、この先勝機はありません。
そして同時に撃墜できるポイントは、この緩いコーナーを超えた先に現れるR50の右ヘアピンのみ。
ただしここは、過去に複数の事故を生み出した、下り最大の難所。本来であれば、攻めるべきコーナーではありません。
ですが、ここで撃墜できなければ、敗北は必須です。
それはMOMO太郎も、そして鬼ヶ島も十分すぎるほどに理解していました。
MOMO太郎は、積み重ねてきた努力、経験と、類稀なる天賦の才を使って。鬼ヶ島は、維持とプライド、度胸を使って、コーナーへと突き進みます。
いくつかの緩いコーナーを超えた頃、急カーブを伝える看板が視界に飛び込んできます。
鬼ヶ島の車体はアウト側に寄り、ブレーキをわざと遅らせる、所謂レイトブレーキを用いて、グリップによるコーナリングを前提とした減速を行いました。
瞬間、イン側に車体一台分の空間が開きました。
「ここしかない――ッ」
MOMO太郎は、その一瞬だけポカンと開けられたイン側のラインに飛び込みました。
鬼ヶ島の先頭まで喰らいつくことはできませんでしたが、なんとか一台、車体の半分ほど飛び出すことができました。ラインの優先権はMOMO太郎に握られたのです。
ブレーキによる減速を行った直後、更にサイドブレーキをほんの一瞬だけ引きます。
減速帯で跳ねまくっている、トラクションのかからないリアタイヤは容易にロックし、着地と同時に一瞬でスライド。流れていくリアの荷重をシートから感じながら、サイドブレーキを絶妙な力加減で調整します。
同時に、クラッチ、ブレーキ、アクセルを二本の足で巧みに操作しながら、左手をサイドブレーキからシフトノブへと移動させ、4速から3速、2速へと光速のシフトチェンジ。
スライドする車体の荷重をさらに調整する為に左足ブレーキを駆使し、破綻しない限界ギリギリのラインを攻めます。
MOMO太郎の駆るグランドのリアは、鬼ヶ島の先頭車両、その鼻っ面をリアが掠める程のギリギリを駆け抜けます。まさに神業です。
これには鬼ヶ島も黙っていられません。
「こんなところでドリフトだと!?いい度胸だ、やってやる――!」
そう意気込んだのは、追い越した直後の鬼ヶ島でした。目には目を、歯には歯を、そしてドリフトにはドリフトを――そう言わんばかりの感情が爆発したような走りでした。
しかし、鬼ヶ島はグリップを前提にラインを選び、速度を乗せたままレイトブレーキで進入しています。
このラインでは、カウンターを当てる余裕などありません。
針の穴を通す程に繊細な荷重コントロールを繰り出したMOMO太郎に対し、感情的になって繰り出された、リアを流しただけの鬼ヶ島のそれは、全く太刀打ちできるようなものではなかったのです。
「しまっ――!?」
大きく膨らんだ車体は、まずリアが壁面に接触。その勢いのままフロントが回り込むような軌道を描いて激しく激突します。
ボンネットが開き、操舵不能となった車体は白煙とオイルを撒き散らしながら、壁面を沿うように転がり、やがて停止しました。
幸い、ドライバーに目立った怪我はありませんでした。
運転席に座ったままの男は頭を抱え、その額をハンドルにコツリと当てて、歯軋りをしました。
「畜生……。同じ速度域で曲がったはずなのに、あいつの方がインベタでラインが苦しかった筈なのに……。なぜあいつは曲がれて、俺は曲がれなかったんだ」
追跡していたパトカーの一台が近くに停車しました。
これで撃墜した車両は三台。残るは先頭車両、その一台のみです。