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第13話 FFドリフト

 テクニカル区間において、鬼ヶ島を一台撃墜したMOMO太郎は、続く二台目も射程距離に捉えます。

 ここから先にある幾つかのコーナーを抜けると、少し速度の乗る区間へと移り変わります。

 そうなると、トルクが劣るMOMO太郎のグランドでは太刀打ちできません。

 なるべく速度、回転数を落とさないように左足ブレーキを駆使して先行車を追跡しますが、タイトなコーナーが現れない以上、ブレーキングで詰める事ができません。せいぜいついていくことが精一杯となってしまいました。

「MOMO太郎、あれは相当苦しいな――」

「さっきみたいなその、消えるラインとかで抜けないんですか?」

「あれは、立ち上がりで並べたからこその芸当だ。速度の乗り始めた今、テンロクのNAじゃあ、ちと非力なんだよ。ヒルクライムで攻める車じゃあないからな――」

「打つ手無し――最早これまでですか」

 パトカー助手席のお巡りさんは落胆しますが、ドライバーはそんな様子を微塵も見せません。

 そんなとき、無線に連絡が入りました。

『こちら先行車。交差点手前での検問準備、完了しました』

 MOMO太郎一行の向かう先――そこには先回りしていたお巡りさんの仲間が、検問を行う準備を済ませていたのです。

「おお!これで漸く奴らをとっ捕まえることが――」

「甘いな――これぐらいは読んでるだろう。恐らく、それより手前の折り返し地点でそのまま下りに突入する」

「分かってるなら、そっちでも検問を行えばいいのでは?」

 お巡りさんの言い分は正しい物でした。それも十分理解しているドライバーは、ため息をつきながら答えました。

「危険なんだ」

「危険?」

「信号手前までは、速度の乗るブラインドコーナー。つまり、猛スピードで駆け降りてくる連中が検問に気づいたとしても、止まる事は不可能。それ以上に、同僚が轢かれかねない」

「そんな……。今度こそ、打つ手無しじゃないですか」

「だが、一つだけ希望がある。MOMO太郎だ」

「――MOMO太郎が?」

「あいつが先頭を走り、奴らを減速させることが出来れば、大人しく検問を受けさせることができる」

「なるほど――」

 しかし、理想とは往々にして机上の空論です。それが叶うかどうかは、MOMO太郎次第なのです。お巡りさんが今ここで何をどうしようと、それだけは託すしかないのです。

 そして、残りの鬼ヶ島三台はお巡りさんの読み通り、交差点よりはるか手前の折り返し地点にて、下りへと突入しました。

 MOMO太郎、お巡りさんもそれについていきます。

 下りに突入するや否や、鬼ヶ島の車体は轟音を響かせながら、減速帯をものともしない勢いで飛ぶように走り去って行きました。

 続くMOMO太郎、お巡りさんも負けじと追走を始めます。

 下りへの合流は、左の緩いコーナーから始まります。

 山の中である以上、木やガードレールなどによって見通しが良いとは言えません。

 そんな道路一面に敷かれた“減速帯”が、全ての車両に牙を剥きました。

「うおうおうおうお、ここ、こんなに跳ねるんですか――ッ!」

「この速度じゃ、どうしてもこうなるわな――ッ!」

 お巡りさんは、跳ねる車体を抑える事で精一杯になり、踏み込んだはずのアクセルも本能的に戻してしまいました。

「こんな道路じゃあ、MOMO太郎も――あれェ!?」

 目をひん剥いたように開いたお巡りさんが見たのは、ぐんぐん離れていくグランドの姿でした。

「あいつ減速どころか加速してますよ――!?」

「設置感もクソもない、ましてや硬めの足、軽量化をしてるならあんな速度、いつ破綻してもおかしくない――!」

 お巡りさんの言葉には、何一つ誇張などは含まれていません。

 実際、MOMO太郎の車体は減速帯を踏む度にバヨンバヨンと跳ねまくっています。

 側から見たら少し面白いように映るかもしれませんが、その実、リア側のグリップが殆ど死んでいるという事に他なりません。

「あいつ、頭のネジが飛んでやがる――!」

「何があいつをあそこまで駆り立てているんですか――!」

 そして、緩い左が終わると速度の乗るストレート、直後に右コーナーが現れます。

 このコーナーは、谷にかかる橋の上に存在しています。ブレーキポイントを逃してしまっては最後、谷底へ真っ逆さまという魔のコーナーです。

 そんなコーナーに、MOMO太郎はあろうことか、ノーブレーキで突っ込みました。

「馬鹿ッ――速すぎる――ッ!」

 MOMO太郎のグランドはいまだ跳ねたままです。フロントに荷重が乗っているとはいえ、リアが抜けきっている状態では、正確なコントロールは効きません。

 グランドのリアタイヤからは、スライドによる白煙が発生し、お巡りさんたちの視界を遮ります。

「ここまでか――ッ!」

 最早事故は確実。制御不能に陥ったグランドは、ガードレールに激突し、谷底へ真っ逆さま――誰もがそう思いました。

 しかし、お巡りさんたちはまたしても、ありえない光景を目の当たりにすることになります。

 ――MOMO太郎が、鬼ヶ島の二台目を撃墜していたのです。

 何が起こったのかわからないお巡りさんは、無線で仲間に連絡して、放心状態の二台目の確保を行うよう指示を出しながら考えました。

「――まさか、そういう事なのか!?」

「何かわかったんですか!?」

「ああ――制御不能に見えたあの挙動――あれそのものがMOMO太郎の“ライン”だ」

 お巡りさんの言葉は正解でした。

 MOMO太郎はあの時、リアの荷重が乗らない状態を逆手に取り、リアをわざと流しながらフロントを軸にコーナーへと侵入していたのです。

 距離を走れば走るほど、リアのスライドは増加していきますが、減速帯がなくなれば話は別です。

 MOMO太郎は、コーナリングを行いながら、流れたリアをガードレールギリギリのポイント、つまり“減速帯の無い”道幅限界までスライドさせ、リアの片輪のみ、優先的にグリップを回復させたのです。

 同時に、回復する段階でノーズがコーナー出口へと向くように調整し、リアのグリップが完全に回復したと同時に加速。コーナー立ち上がりでもたついていた鬼ヶ島の二台目を撃墜したのです。

 破綻しない為、そして瞬時に加速に移る為のスライド――攻守一体となった、MOMO太郎会心の一撃でした。

「リアのグリップが回復するタイミングが少しでもずれていれば、大惨事だ。あいつ、分かっててやってるってことか――」

「あれって、まさかとは思うんですが、あのリアが流れるように走るあの走法って――」

「ああ、お前の想像している通りだよ」

「でもあれって、後輪駆動の専用技じゃないですか!ドリフトって!」

「あれは、前輪駆動にしかできないドリフト――“FFドリフト”だ」

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