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第12話 幻影の片鱗

 第二ヘアピンコーナーを抜けた頃、MOMO太郎の視界には先行する鬼ヶ島連中の最後尾車、そのテールランプが映っています。

 鬼ヶ島連中は、この時まだ気づいていませんでした。既にMOMO太郎の握る刃が、自らの喉元へと突きつけられている事に。

 左の緩いコーナーが現れたかと思えば、右のコーナー、直後にさらに左、少し進んで再び左のタイトなコーナーと続くセクションに突入します。

 MOMO太郎のグランドに比べて、ハイパワーFRのみで構成された鬼ヶ島連中は、このセクションだけは全開まで踏み切ることができません。

 しどろもどろしつつ、さらに車速がどうしても落ちてしまう区間では、道幅を塞ぐほどのドリフトもできません。

 MOMO太郎はそれを見逃しません。

 最初の左を抜け、右のコーナーへと差し掛かろうとした最後尾車。MOMO太郎はそのラインを完璧に見切りました。

 コーナリング中に最後尾車の男は、MOMO太郎のグランドがミラーの中にはっきりと姿を見せたことで、ようやく焦りを見せました。

「けっ!非力なテンロクが調子に乗りやがって……!」

 アウトインアウトのラインを通りながら立ち上がり、グランドとの距離を測ろうとバックミラーを見ると――

「い、いない――?グランドが消えた――」

 さっきまで煌々と輝いていたはずのヘッドライトは、ミラーのどこにも映っていません。

 バックミラーにも、サイドミラーにもいません。

「まさか――ッ!」

 顔を助手席の方へと向けると、プラチナホワイトパールのグランドの姿がありました。

「なんだってェ――ッ!?」

 MOMO太郎は、右コーナー立ち上がりの際に一瞬開いた左側のインコースに、瞬間的にノーズを突っ込んでいたのです。鬼ヶ島の駆る車体の死角になるエリアまで。

 ですが、MOMO太郎のグランドは車速を下げません。男は既に減速を始めたにも関わらず、グランドから放たれるエキゾーストは、更に伸びようと唸っています。

「お父さんが仕上げてくれた至極のB16B――。前へ、前へと、お前は進もうとする――」

 常識的なブレーキングポイントを遥かに超えてもなお、グランドは加速をやめません。

 鬼ヶ島の車両は、とっくに追い越してしまっています。

「──OK、行こう」

 そしてそのまま、オーバースピードのまま左コーナーへと突っ込みました。

「バカな――ッ!そんな速度でインベタァ!?命が惜しくねえのかァ――ッ!?曲がれるわけが――」

 見たこともない速度域で突っ込むグランドを見て、コーナーを曲がりきれず、外側に大きく膨らむ、若しくは車線を飛び越えてこちらのラインに被せられると判断した男は、本能的に退避行動をしました。

 しかし、MOMO太郎のグランドは一筋の赤い残光を放ちながら、コーナーを脱出して行きました。

 何が起こったのかわからない男は、呆気に取られてしまいました。

 それを後ろで見ていたお巡りさんには、今起きたことが全て見えていました。

「あ、あれはまさしく、消えるライン――」

「消えるライン……。なんですか、それ」

「プロのレーシングドライバーも使うことがある、コーナリングテクニックの一つだ」

「いやいや、わかりません。ただ右に曲がって、そのまま左に曲がっただけじゃないですか。消えるなんてそんな、意味がわかりませんよ」

「そもそも、コーナーというのはアウトインアウトという曲がり方をするのがセオリーだ。だが、バトルとなるとそうはいかない。あいつは、コーナリング速度を犠牲にして、立ち上がり重視のライン取りを行った」

 お巡りさんは、興奮しながら言葉を続けます。

「VTEC高回転域のパワーで一気に加速。鬼ヶ島の車体横へ滑り込み、すかさずコーナーへとアプローチした。その手際の良さが常人の域を越えている――。ミラーから一瞬で姿を消したと思われるほどに俊敏な横移動、そして加速――。恐らくは鬼ヶ島のドライバー、本当にグランドが消えたように見えていた筈だろう。まさしく“消えるライン”だ」

「なんかすごい風に言ってますけど、そもそもあの速度で曲がれるもんなんですか?あの、なんとかDみたいに、溝にタイヤ落とした訳でも無さそうでしたよ。そもそも溝がないですし」

 お巡りさんたちのパトカーも、ちょうどそのポイントへとやってきました。

「――ああ、段差はあるのか。じゃあここにタイヤを引っ掛けて曲がったって事ですか?」

「いいや――それはない。あのグランドの車高を考えたら、まず乗り越えられない。あっという間にクラッシュだ」

「じゃあ尚更、どうやって曲がったんですか?」

 興奮の収まらないお巡りさんは、職務を忘れ、童心に帰ったような気持ちになっていました。

「あいつは、インベタで曲がる為に2速高回転を維持しつつ、左足ブレーキでフロントに荷重を乗せたんだ」

「――つまり?」

「瞬間、あいつのグランドは極端なフロント荷重になる。そうなれば、FFでも地面をガッチリ捉え、更にアンダーステアも同時に処理――。狙ってやってんだ、あれはもう“プロの技”だ」

 お巡りさんは、後方にいる仲間に連絡し、呆気に取られた――いや、撃墜(オト)された鬼ヶ島メンバーを一人確保するよう指示をすると、そのままMOMO太郎と共に先行車を追います。

「白い幻影……。登りでもこれ程とはな――」

「登りでも?まさかあいつ――」

「ああ、こんなのはお戯れだろう。俺が見た“下り”の衝撃に比べればな――」

「――そんなに凄かったんですか」

「いやあ、凄いなんてもんじゃない。白い幻影――。その名の通り、白い影だけ残して“消える”んだからな」

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