第十一話
石のぶつかる音、草の擦れる音、水の跳ねる音、心音。
人間は生きているだけで音を出す。
空気の温度、草の動き、水の流れ、感情。
人間は生きているだけで影響を与える。
それを人々は気配と呼び、集中力のあるものは小動物までも存在を感じられるという。
ゼイは、生まれながらにしてそのうちの一人であった。
「よぉ、」
ゼイは背中を刺すような気配を感じた。
自らの気配が強くなり、存在感が増すのを感じた。
「あなたのそれ、なかなか慣れないわね」
チェロは振り向き、すぐ後ろの男を見た。
撫でたくなるような坊主の男は、似合わぬ笑みを浮かべて、ゼイの方を見ていた。
「見ねぇのと一緒にいるじゃねぇか」
チェロはゼイの顔をチラチラと見る。
「ゼイになんか用なの?」
「いや?学校に居なかったのがいるんでな、そいつが噂の推薦入学かって、拝みに来たんだ」
舐め回すような。
踏みつけるような視線。
「ふーん、見た目じゃわかんねぇな」
男はにやにやとした笑いを浮かべながら、ゼイに顔をぐっと近づけた。
「なんなんだ、、」
「ノートル、最初だ、来い」
「へーい」
ゼイの言葉を遮るように人の声が入り、坊主は行ってしまった。
ゼイは口に手を当てて、呟く。
「ノートル、、」
「ノートル?」
チェロはゼイの顔に顔を近づけた。
坊主の男よりも、近い距離で。
「あ、いや、聞いたことがある気がして」
「あぁ、あいつ、ピアの甥だからよ。」
「甥、、」
「甥も分からないなんて言うんじゃないでしょうね」
「いや、分からない」
ゼイの記憶の9割は、パイフで埋まっている。
パイフと殆ど同じ語彙を持つゼイは、パイフに縁のない言葉は、分からない事が多い。
「兄弟の子供のことよ」
「んん、、、あ、、ん?」
「分からないなら分からないっていいなさいよ」
「わ、かった」
チェロはドレスの何処からか紙とペンを取り出して、簡易的な家系図を書き出した。
「例えばこれが、あなたのお母さん、その兄弟が横の丸ね」
「あぁ」
紙に書き足しつつ、説明を続ける。
「それで、その兄弟が結婚してーー」
「ドライト、来い」
「あ、いかなくちゃ、後で教えるわ、終わったとこで待ってるから」
チェロは、紙とペンをゼイに押し付け、早足で駆けていった。
ゼイは書き途中の家系図を見つめて、近くの床に座り込んだ。
「ねね、君、何歳?」
ゼイは蛍光灯が薄暗く照らす廊下の中。
急激に増す気配に驚いた。
気配の方角には、可愛らしいボブの女。
「わからん」
「そんなことないでしょ、誕生日は?」
「それもわからん」
「へぇ、面白くないね、君、フフフッ」
どことなく不愉快な空気を巻き散らかす彼女。
悪口を言っていないような雰囲気で、悪口を堂々と喋る。
敵と味方を、はっきり区別する。
「これが、パイフの嫌いな、、」
「パイフ?パイフって言った!?」
「ん?あぁ、言ったけど」
「パイフってねぇ、噂じゃ、妻子捨てて森に逃げて、最近急に戻ってきて偉そうにしてるっていう、あの?」
「そっちのパイフは好かんし、知らん」
女は満足そうに笑って、ゼイの肩を叩いた。
「AIの名簿に、パイフなんて人は一人しか存在してないのにね」
「チッ」
ゼイは目を開く。
ここで、自分は愉快な彼女を好かない不機嫌な人間のしてこの場で写ったのではないかと考えた。
それは、正解ではなかったが、ゼイは確かに、不機嫌さを感じさせる行動を取った。
「モルガーノ、来い」
「君じゃない?だって、なんにもわかってないんでしょ?」
ゼイは、拳を握りしめ、周囲を見渡す。
誰も動かない。
ゼイは、もしかしたら、やはり、自分なのではないかという疑念に駆られる。
「モルガーノ!いないのか!」
「モルガーノなんて人は、僕の通っていた学校にはいませんでしたね」
誰かが呟いた。
ゼイは少し頭を飛び出る程度に手を上げた。
「もしかしたら、俺、かも」
「フフフ」
ゼイは思い立った。
(あぁ、コイツ後で殴ろう)と。
「あぁ、君が。これは自分の名前を忘れるほど緊張することではない。付いて来なさい」
案内役の老人は優しく語り、ゼイを率いて角を曲がった。
そこは行き止まりになっているように見えたが、眼の前の壁が側壁に吸い込まれて、奥の空間を暴いた。
「次の子?そこ座って、血圧計って、そこの薬飲ませてー」
奥の方で、血の入った試験管を振っている女性が指示を出していた。
叫んでいないが、広がる、透き通る声。
ゼイが突っ立って周囲の様子を見ていると、一人の看護師がゼイに話しかけた。
「こっちですよ、モルガーノさん」
「ん?、、あぁ」
ゼイは看護師について行き、言われるがままに行動した。
噛まずに白い固形ラムネのようなものを飲み、手をトイレットペーパーの芯のような筒の中に入れると、中のものが膨れ上がっていたこと。
「あら?血圧が、、」
数値はエラーを起こしていた。




