第十話
沈黙。
辺り一帯だけ、空気が消え去ったように動かなかった。
「あぁ、このデケェ鳥のことか?」
パイフが口を開いた。
話をそらした。
明確な回答ではないものの、その行動は沈黙を裏付ける。
半分狼の面の男は体から力を抜き、パイフを睨む。
「んにゃ、ちげぇよ、そっちのガキだ、ガキ」
「コイツは、、、」
「彼は、少しカプセルの摂取量が多くてね、おそらく人ならざる部分が増えているのだろう」
パイフを押しのけて、シャンセンが喋る。
チェロはゼイを押しのけて、男側に立つ。
「そか、りょーかい。気になっただけだ。特になんかあるってこたーない」
「そうか。こちらからも一つ聞いていいかね?」
「んー、ちょいと時間が危ねぇんだ、一個だけな」
男は腕時計を見るジェスチャーをした。
シャンセンは自分の上腕の当たりを指さして喋った。
「頭は治るのに、その腕の針穴は戻らないのか?」
男は針穴を一瞥する。
「あーこれな、傷が古くなると、治んねぇみたいなんだよな」
簡潔かつ、完璧な回答。
男はそれだけを残して、墨の上を歩いて消えた。
シャンセンが鈍器でつつくと、『フクロウ』は羽を動かし、飛び上がった。
『フクロウ』の羽の音がいつもより少し、大きかった。
ー♢ー♢ー♢ー
「ベル邸陥落、ね」
似たような題名のネット記事が、複数個、画面に並ぶ。
「こういう記事は分かりづらいわ。もう少しわかりやすくまとめてくれないのかしら。」
暗い部屋の中で一際めだつ大型のディスプレイと、氷雪を連想させる白と水色のドレス。
内側には、肌に張り付く黒いスーツ。
まるで、彼女の周りの空気が彼女に付き従うかのように色を変えている。
背中までのびる癖のある銀髪を持つ彼女は片手で小型の端末を持ち、眼の前に広がる大型のディスプレイを操作する。
「もう、警察が封鎖してるの?AIが封鎖してるの?分かんないわよ。同じ読み物でも、小説とは目的が違うのよ。もっと簡潔に、わかったことだけいいなさいよね。なんなら箇条書きでいいわ。」
ノック音。
照明をつけ、ディスプレイを消し、小型端末を引き出しに投げ入れる。
跳ねている髪の毛を叩き、ドレスの裾を引っ張る。
そして、ソファに腰掛けて、姿勢を正す。
「だれ?」
「ルッキアートでございます!隊長!」
「入って。」
ルッキアートは礼儀正しく、いや、少し動きが直線的すぎるであろうかといった形で部屋に入る。
「ヴィオラ隊長」
「、、名前はやめて」
「では、エリベール様」
ルッキアートは深く頭を下げ、手に持って入ってきた紙を広げる。
「え〜、新録32年、10月22日、著者アンベルク、、」
「そこは読まなくていいんじゃなくて?」
「え、あ、はい!申し訳ございませぬ」
「別にいいわ」
「貴方様の御慈悲にこのルッキアート、最大限の感謝を」
ルッキアートは再度広げた紙を見ながら、読み始めた。
「ベル・ドラクルの屋敷、通称ベル邸が黒い謎の物質により侵され、ベル・ドラクル本人が死亡した事件に関して、、」
「長いわ」
「ベル・ドラクル邸が粘性の高い、黒い物質に覆われ、本人が死亡したとのことです」
「それだけ?」
「いえ、本題は、エリベール様にこの度発見された地下室調査の護衛をお願いしたいとのことです」
「わかったわ」
「なんでも、無惨に引きちぎられた『ヒツジ』が見つかったとか」
彼女は、少し頬を上げてルッキアートを睨むようにし、手を軽く降ってルッキアートを退散させた。
ドアの締まる音がすると、ほぼ同時に引き出しに歩き出し、端末を取り出した。
彼女は光る画面を見ながら、
「ほーんと、面倒くさいわね」
ぼそっと呟いた。
ー♢ー♢ー♢ー
「ゼーイ!」
体に害でもあるんじゃないかと思うほど甲高い声が、ドア越しに室内に響く。
声の主は、チェロ・ドライト。
「またか」
ゼイは、パイフに教えてもらったとおりにドアをあけて、チェロを中に入れた。
「まずはAI入隊おめでとうってとこね」
「ん、あぁ、えっと、ありがとう、だな」
頭の中で再三確認しながら言葉を選ぶ。
感謝、礼儀、作法、文明。
道の空間に、ほおりだされたゼイは、貨幣の使い方から、便座での糞の仕方まで分からなかった。
彼には分からない。
「AI入隊」の意義が。
「これから適性検査だから、早く来てよ」
「その、敵性検査っつーのは何だ?裏切り度、、的な?」
「何言ってんのよ、カプセル適性よ、カプセル」
「あぁ、分かった」
ゼイは説明を求めるのを諦めた。
彼女のストレスになってはいけないと、まだ出会って一週間も経たぬ彼女に、出会ったその日に父を失った彼女に、最低限の気遣いであったと言えるだろう。
「さ、行くわよ」
「ん、あぁ」
ゼイがドアを開ける前に、チェロがカードキーを壁から抜いてドアを開けた。
ゼイは何か言おうとも思ったが。
また、憚られた。
「私的には『コウモリ』の割合が高ければ高いほどいいわね」
適性検査。
それは、基本的に血筋型である。
『コウモリ』の適性100%の男と同じく『コウモリ』の適性100%の子供からは『コウモリ』の適性100%の子供しか生まれない。
解明は全くされておらず、この世に存在する全カプセル剤のほんの一欠片と、人間の血を反応させる。
その検証において、異常が最も少ないものが最適性と言われる。
「パイフ、、さんは約80%『フグ』と約20%『ウサギ』だったはずよ」
%だのフグだの言われても、ゼイの頭は天井の照明の感覚を考えるだけであった。
かろうじて、ウサギが何かは分かったつもりであった。
前を歩くチェロが足を止める。
ゼイが遅れて足を止めたので、少し距離が縮まる。
しかし、女性との距離がどうとか言っている雰囲気ではなさそうだ。
肌を刺すような視線。
ゼイにだけではない。
この場の全員が全員に、自分にさえ、冷たくのしかかっていた。
ゼイは二歩前にすすみ、チェロの前に立った。




