第九話
「この墨は毒入りだ!せいぜい逃げろよぉ!」
争いの音が消え、静寂に包まれた。
昼間、ある屋敷の周囲でのみ広がる夜。
そこに響き渡る男の大声。
『フクロウ』の通り道では、夜が割ける。
パイフとピアは、迫りくる夜の天井を目にした。
パイフは跳び、ピアは飛んだ。
彼らは空中で『フクロウ』の背中に回収された。
彼らはただ、地面に吸収されていく夜を見届けることしかできなかった。
血の人形は違った。
それの感覚は、視界には左右されていなかったからである。
血の人形は夜の中、男に、槍となって向かった。
頭がえぐれ、体が墨に塗られても、男はまだ生きていた。
立ち上がり、背後から迫る血の方向、八本の腕の塊をだす。
腕は貫かれ、血の槍は、男の心臓に刺さったまま。
動かなくなった。
血の槍が。
八本の腕は分裂し、男の体に吸い込まれてゆく。
血の槍は黒く変色していき、やがてドロリと溶け落ちた。
夜が完全に地面に吸い込まれ、辺り一面が黒く染まった頃。
男の体は発熱し、乾いた墨が皮膚の表面で跳ねる。
右腕が、削られた頭が沸騰しながら回復していく。
赤い血を吐く。
狼の面は、半分になっても男の体反面を隠していたが、削り取られた部分は再生しなかった。
男の髪の毛は再生しなかった。
いや、元からなかった。
凛々しい反面と、逞しい肉体を見せびらかしつつ、一歩前に出る。
「おい!そこの半分狼!」
半分狼の面の男は上空を見上げる。
だだっ広い地下空間が窮屈に見えるほどの巨大な鳥。
その上からの声が響いていた。
「おい!ベルという、スーツを着こなすバカを知らねぇか!?」
半分狼の面の男は声を張り上げて聞き返した。
「そいつならお前が腐らせちまったよ!」
海苔を破るような音を出して、半分狼の面の男が地面にある乾いた墨を剥がす。
指で弾くと、それは砕け散った。
「わかった!じゃぁもう用はない。帰っていいぞ!」
「こっちから用があるんだバーカ!」
『フクロウ』は高度を落とし、互いに顔がわかるほどまで近づいた。
長髪裸足のパイフと、パンイチハゲは揃って不確かな繋がりが生まれたような気がしたが、揃って忘れることにした。
「ピーアー!いる!?」
甲高い声。
チェロ・ドライトの声が戦場跡地に広がる。
「いるわよ!」
ピアが『フクロウ』から乗り出して手を降る。
その後ろでパイフが親指を立てると、チェロは中指を立てて返した。
数十メートル離れた場所からゆっくりと、ゼイにおぶさって進んでくる。
ある程度まで来るとゼイを蹴って飛び上がり、飛んで『フクロウ』に着地した。
ゼイはスピードを変化させることもなくゆっくり移動し、『フクロウ』の足元まで来た。
「チェロちゃん、どうしてそんな、、」
すすにまみれているのか。
なんとなく失礼な気がして、ピアは最後まで喋るのを止めた。
「いろいろあって、血の怪物を煙突に入ってやり過ごしたんだよ」
「血の怪物?見てたの?」
「見てたも何も、眼の前で誕生したと言うか、、血を吸われたと言うか、、」
「血を吸われた?ベル以外にあんたも?」
「は?」
「ん?」
互いに、会話が錯綜しているのを感じ取った。
「ベルが、怪獣の血を飲んで強くなった、、」
「そうだったのね」
「それで、ついでに人間の血も吸おうって感じで吸われたのか?」
「そうだと思う」
ゼイはパイフに賛同し、『フクロウ』に乗った。
「なぁパイフ、チェロが履いてるようなあれはなんだ?」
「パンツの話か?」
「それはパイフも履いてるだろ」
「そりゃそうだがな。靴下か、靴の話だろ?」
「そう言うのか。重そうだけど、草むらとか歩きやすそうでいいと思ったんだよ」
「んだ、帰り買ってくかな」
『フクロウ』が羽ばたきを始めた頃。
「ちょっと待て」
太い、力強い声。
半分狼の面の男の声。
後に腕を回し、背筋を見せびらかしている。
「聞く話にっ、よればっ!」
ゼイらの方を向いて力を入れて胸筋を見せびらかす。
「そのゼイとかいうのは人間っっ、らしいじゃないかっ!でもっ!」
その上腕二頭筋をパイフの眼前に突き出す。
半分狼の面の男は一瞬口をつぐみ、姿勢を正した。
そして、言い放った。
「そいつ、怪獣だろ」




