前話 男
ー2046年ー
人工衛星消滅事件
ー2048年ー
月面探査機返還事件
ー同年ー
『ライオン』パニック発生
ー同年ー
AI発足
ー♢ー♢ー♢ー
「あと3秒です」
「りょーかい」
草が潰されて、足跡が残る。
前を走る屈強な男は、腰のあたりから拳銃と、赤と白のカプセルを取り出した。
「ちょっと、離れてな」
「わかりました」
後ろを走っていた女は、了承と同時に森の別方向に消えていった。
腹を揺らす轟音が鳴り響いている。
落ちてくるものの、熱が、男の肌を焼く。
男はカプセルを口にほおりこんで、空を見上げて嚥下する。
「こいや、卵」
男は口から銃弾を出し、拳銃に装填した。
一歩後ろに引く。
刹那、周囲が赤く染まる。
木が根本から揺れ、男は目を閉じた。
草葉は揃って音の反対を向いた。
「ギ、ウゥゥ、、」
落ちてきた青いものから、それはでてきた。
産声に似合わぬ人工的なほどの巨体を縦にしている、大きなエリマキを持った、それが。
「先手、必勝!」
物が落ちてきた衝撃よりは遥かに弱く、音の威力も劣る銃声。
放たれた銃弾は、不自然に、膨らんでいく。
立ったままの『エリマキ』のアタマに、銃弾が直撃する。
『エリマキ』は、脚をふらつかせ、終いに大きく転んだ。
「おーい!」
男の叫びに呼応して、森の何処かから網が現れて、『エリマキ』を覆った。
「終わったな、、」
男は『エリマキ』の上に立って、煙草に火をつけた。
男が口に入れる直前に、煙草から火が消えた。
「んぁ?」
男は口から煙草を取りだす。
「逃げてください!『トンボ』です!」
通信機がうるさくなる。
男はお構いなしに煙草に火をつけようとするが、ライターがつかない。
「チッ、ついてねぇな」
男は煙草とライターを腰のあたりにしまった。
なにか、木がうるさい。
ぶつかりあっているような。
そんな音がする。
男は気になって、音のする方を向いた。
「んだ?」
激しさを増す木の喧騒に、男の眉が上がる。
すると、木が、飛んできた。
男が目を大きく開くと、道と奴が、見えた。
眼の前にいる、奴。
巨大な、『トンボ』が通ってきた道。
男は、殆ど死んだようなものだった。
しかし、次目を開けたときには眼前の『トンボ』は、視界から消滅した。
『トンボ』が消えたときの爆音も、男には聞こえていなかった。
瞳孔が揺れる。
「どうなってんだ、」
『トンボ』がいたはずのその場所にはTシャツに短パンの少年が見える。
男は目を擦って、数度、瞬きを繰り返した。
でもやはり、見える。
『トンボ』に比べると、とても小さい、平均的な少年が。
男の心臓の音は、耳まで届いていた。
一歩、後ろに下がった。
「く、、かぁ、、ふぅ、」
息が、一気に漏れる。
「煙草を、すわねぇと、はは」
男は見た現象は、自身の禁断症状だと思った。
『トンボ』が消滅するのも、少年がここにいることも、おかしいからだ。
男が煙草に夢中になっている間、少年は、男の方をそっと見たあとに、何もせず、蹴り飛ばしたものの方に歩いていった。
「、、、ふ、うぅ、」
落ち着かないように煙草を吸って、少し落ち着いた男は、通信機を手に取り、状況を簡潔に伝えた。
しかし、あまりに馬鹿げていたので、
「ふざけてる暇があれば早く帰ってきてください!『トンボ』が今どこにいるか、わかってないんです!」
と、通勤機が叫びだす。
煙草がもったいないと思った男は、通信機を握りつぶして、ゆっくりと、『トンボ』のいた道の方に歩き出した。
『トンボ』のいた場所から左を見ると、『トンボ』が腹を上にして動かなくなっているのが見えた。
遠くに。
底にあったはずの木も、草も、男の目には映らない。
男は足を叩いて、大きく息を吐いた。
むず痒い感覚に耐え、得体のしれない少年に近づいていく。
少年がこちらに気づいて少年の方から来てくれることを望んで、手を降ろうとしたが、手が、上がらなかった。
「クソッ、、」
男はまた一本、煙草を吸った。
「レオス、、アナレイア、、、リリー、、」
男は、勇気を唱えた。
何度も。
もう、初めて見たときより遠く離れてしまった少年は、動かなくなった『トンボ』の近くで止まっている。
男は、煙草を吸った。
体ごと、浮き上がってしまいそうなほど。
途中から、何も考えずに、歩いていた。
距離の感覚なんて、とうにうしなわれていた。
突然、なにか冷たいものに、正面からぶつかった。
「ンァ?」
近すぎて何かわからず、数歩後ろに下がって見てみると。
それは『トンボ』だった。
男は振り返って走った。
やけに速かった。
残っていた木の根に躓いて、大きくこけた。
小さな子供の時以来に。
「9*8#@!!-@.¥@43M」
突然喋りかけられ、すがるような思いで顔を上げた。
どこかで、聞いたことあるような気がした言葉だったから。
「ぁあ。あ、。」
目が開かれ、動悸が激しくなる。
息が荒く、立とうとしても、手も、足も上がらない。
男は、頭を下げた。
少年が見えないように。
「?9#8(@#853.9*8#@!#6@;343!@8!9m」
「あ、ぁあ、」
声が出ない。
顎が、舌が拒絶する。
足が震える、むず痒くなる。
全身を突っ伏したまま、少しずつ後ろに下がる。
「57(@43537&9(3!@8!9(@;@m」
突然、少年の手がこちらに伸びてくる。
「うわぁ、、。」
叫べずに、か弱い声だけがでた。
頭に、柔らかい温もりが生まれた。
男は、目をつぶって、過去に浸った。
久しぶりに、煙草以外で息をした。
「お、ぉおい、」
土を握りしめ、少年の方を向く。
優しい顔を、していた。




