ですげーむ!
壁面に掛かった蝋燭の灯りしかない階段を、駆け上がっていく人影が二つ。
無言で階段を登る彼らは、やがて背丈の二倍ほどはある大きな黒い扉の前に辿り着いた。
宿敵との対決を前に、少年は膝に手をつき息を整える。
「はあ、はあ。へへ、早くこのふざけたデスゲームを終わりにしようぜ」
少年は振り返り、これまで幾度となく激しい戦場を共に戦い抜いてきた戦友に視線を向ける。
「ええ、こんな茶番早く終わらせるのデス」
白い仮面をつけいつも飄々とした様子で窮地を潜り抜けていたデスゲーム仮面から興奮した声が返ってくる。
「どうやら今回はお前も本気みたいだな、デスゲーム仮面」
「そういうアナタも張り切ってるデスね、シリアルキラー・サイコパス・デス男」
そう呼ばれた少年は鼻の頭を掻きながら笑いかける。
「おいおい、今更なんだよフルネームで呼びやがって。オレのことは名前で呼べって言ってるだろ? オレたち、仲間なんだからさ」
「ふっ、そうデスね、シリアルキラー」
シリアルキラーに向けデスゲーム仮面は手を差し伸べる。
「おう、頼むぜ、デスゲーム仮面!」
シリアルキラーはその手をがっちり掴み笑いかける。
「さあ、休憩は終わりだ。行くぞ、デスゲーム仮面!」
シリアルキラーは眼前の大きな扉に手をかけると、体重をかけ前に押していく。
ごごごごごという音を立て扉がゆっくりと開いていく。
隙間から徐々に部屋の様子が明らかになる。
窓もなく漆黒の闇に包まれた空間に、弱々しい蝋燭で照らされた木製の机が浮かんでいた。しかし待ち構えているはずの宿敵の姿はそこにはなかった。
シリアルキラーは慌てて周囲を見渡す。徐々に目も暗闇になれその部屋の様子がわかるようになっても、探し求めている人物は見つからない。
「出てこい! 怪人デスゲームマスク!」
シリアルキラーは叫びながら机に近づく。
するとシリアルキラーの背後で、ごごごごごと扉の閉じて行く音が聞こえた。
「しまった、罠か!?」
シリアルキラーは慌てて振り返ると、デスゲーム仮面が丁度扉を閉じ終わったのが見えた。
「おいおい、どうしちまったんだよ、デスゲーム仮面。そんな冗談、いつも冷静沈着なお前らしくないぜ」
しかしデスゲーム仮面は何も話さない。
「デスゲーム仮面?」
「デスデスデス」
「っっ?! お前まさか?!」
「デースデスデスデス」
シリアルキラーの視線の先には特徴的な黒い仮面をつけた憎き宿敵、怪人デスゲームマスクが嗤っていた。
「デースデスデスデス、ようやくこの時が来たデス。待ちかねたデスよ」
「そんな、デスゲーム仮面が怪人デスゲームマスクだったなんて!!」
驚愕を隠せないシリアルキラーを他所に、怪人デスゲームマスクは話を続ける。
「お笑いだったデス、私をまるで仲間であるかのように扱うアナタの姿は! ねぇ、シリアルキラー?」
「お前がその名前で呼ぶんじゃねぇ、デスゲームマスクーーーー!!!」
シリアルキラーの慟哭が虚しく吸い込まれていく。
「デ〜スデスデスデス。素晴らしいデスね、アナタのその表情、声! 最高、デス!!」
怪人デスゲームマスクはシリアルキラーに近づきながら語り続ける。
「この世界は人が多すぎるのデス。ワタシは考えたのデス、どうしたら地球からゴミのような人間どもを削減できるのか。そして思いついたのデス、デスゲームによる画期的な人口削減プランを! ワタシの考案したデスゲーム運営法によって、地球人口の約半数というかつてない効率での人口削減に成功したのデス。デスが、アナタの存在だけが懸念点だったのデスよ、シリアルキラー。アナタの語る人々を幸せにするデスゲームという考え方が、ワタシには邪魔だったのデス」
「やめろ! デスゲームは人殺しのための道具じゃねぇ! オレとデスゲームで勝負だ、デスゲームマスク‼︎」
怪人デスゲームマスクへと指を突きつけるシリアルキラー。
「ワタシとデスゲームを? アナタが? デースデスデスデス、冗談はヤメルのデス。そうしてワタシのお腹を破壊するのがアナタの作戦デスか? そうしたら良い線いってるデス、だってアナタとワタシではまるでゲームにならないデスから。デースデスデスデス」
怪人デスゲームマスクはひとしきり笑うと部屋の中央にある机に腰掛ける。
「デスが、そこまで言うならうけて立ちましょう。最も、ワタシの助言なしでは何度命を落としたのかわからないアナタに勝ち目は無いデスけどね」
そう言いながら怪人デスケームマスクはシリアルキラーに対面に座るよう促した。
「ワタシたちの運命を決めるゲームはこれデス、シリアルキラー」
「これ、は……」
机の上にはただヘルメットと金槌のみが置かれている。これの意味するところは……。
「そう、アナタならもうお分かりデスね」
「叩いて被ってジャンケンポン、か……」
「そう、その通りデス。相手の頭を先にかち割った方の勝ち、簡単なルールデス。アナタのお父さんのように、アナタの頭もカチ割ってやるのデス」
「てめえ!」
「さあ、もうゲームは始まっているのです、シリアルキラー!」
「「叩いて被ってジャンケンポン!」」
怪人デスゲームマスクはチョキ、シリアルキラーはパー。
慌ててヘルメットを構えるシリアルキラーを尻目にゆっくりと金槌を構える怪人デスゲームマスク。
「やはりアナタはパーを出すのデスね、だって頭がパーだから!」
ぐちゃりと湿った音が鳴る。
怪人デスゲームマスクは振りかぶった金槌を、シリアルキラーのヘルメットを持つ指に的確に当てていたのだ。
「ちっ!!」
「考えが甘いんデスよ、だから足元を救われるのデス! ほら、次デス!」
悶絶するシリアルキラーを他所に怪人デスゲームマスクは強引にゲームを進行する。
「「叩いて被ってジャンケンポン」」
怪人デスゲームマスクはパー、シリアルキラーはチョキ。
「ほう、少しは頭が回るようデスね。デスが……」
シリアルキラーは金槌に手を伸ばした。しかし、シリアルキラーの強みである瞬発力は完全に死んでおり、非常に緩慢な動きだった。
「その様子ではもうアナタに勝ち目は無いんじゃないデスか、シリアルキラー?」
「……」
非常に遅い動きで金槌を持ち上げるシリアルキラーを見ながら怪人デスゲームマスクはヘルメットを悠然と構える。
「ワタシはアナタのようなヘマはし無いのデス。さあ、早くするのデス」
「それはどうかな?」
「なんデスって?」
「終わるのはお前のほうだぜ、怪人デスゲームマスク、メテオライトシューティングフォール!!!」
シリアルキラーの剛腕によって振り下ろされた金槌はヘルメットを貫通しぐちゃりという音を立て突き刺さった。
ぐたりと力なく怪人デスゲームマスクの身体が机に投げ出される。
つーと垂れる赤い液体。
「やったか⁈」
シリアルキラーはヘルメットに手をかける。
「ナーンちゃって、デース!」
ガバリとばね仕掛けの如く身体を起こし、怪人デスゲームマスクはシリアルキラーへと頭突きを喰らわせる。
不意をつかれたシリアルキラーの鼻は潰れ血がダクダクと垂れ流される。
「ワタシがあの程度の攻撃で死ぬと思ったんデスか? 思っちゃったんデスか? デースデスデスデス、やっぱりアナタ、才能アリデス。油断して最初に死ぬモブの役がピッタリデス!」
「馬鹿な、お前には確かに必殺技をぶち当てたはず……」
「必殺技? あのメテオライトなんたらってやつデスか? デースデスデスデス。やっぱりアナタ、お馬鹿さんデスね。ワタシを殺すことが出来なかったのに、必殺、必殺技だなんて、面白すぎて辛いデース」
「デスゲームマスクーーー!!!」
「まあコイツを割った事だけは誉めてやっても良いデス」
そう言って外したヘルメットの下から亀裂の走った黒い仮面が出てくる。
「まさかお前、仮面で……」
「知らないんデスか、シリアルキラー? 顔面、セーフデース。デースデスデスデス」
怪人デスゲームマスクの不快な笑い声が木霊する。そして怪人デスゲームマスクは用済みとばかりにその黒い仮面を後ろに放り投げた。
「どうデスか、シリアルキラー。この顔に見覚え、ないデスか?」
蝋燭の弱い光に照らされ、暗闇にその顔が浮かび上がる。
「そ、そんな、馬鹿な⁈ 親父、死んだはずじゃ⁈」
かつて怪人デスゲームマスクとのデスゲームに敗れ死んだはずの父の顔に、シリアルキラーも動揺を隠せない。
「あれはトリックデース。あの時死んだのは、アナタの兄デス、シリアルキラー」
「そんな、心優しき連続殺人犯だったあのデス兄ちゃんが殺されていたなんて……。でも父さん、生きていたなら教えてくれてもよかったじゃねぇか!」
「そういうところが甘いんデス、シリアルキラー。アナタのその甘さは、ワタシのデスゲームには必要ないのデス」
「だって、親父はいつも、デスゲームでみんなを笑顔にするんだって、勝っても負けても恨みっこなしの真剣勝負、負けたら笑って死んでいけって言ってたじゃねぇか!」
「そんなの綺麗事ですらない、独りよがりの自己満足デース」
「そんな、じゃ、じゃあ、俺が戦ってきた、笑顔で別れてきた、あいつらは……」
「ただの、犬死にデース。デースデスデスデス」
今まで信じてきたシリアルキラーの信念がグラグラと崩れ去る。
「さあ、ゲームの続きデス、シリアルキラー。もっともヘルメットは壊れたので、金槌しか残ってないデスけどね。それにアナタの腕、もう力が入らないんじゃないデスか? デースデスデスデス」
「くっ」
シリアルキラーの腕は最初に打ち込まれた金槌と必殺技の反動で、もはや振り上げるのすら困難なほどボロボロになっていた。
「あんな生っちょろい必殺技なんて使ってるからデース。さあ行くのデース!」
「「叩いて被ってジャンケンポン!」」
怪人デスゲームマスクの出した手はチョキ、そしてシリアルキラーの出した手はパーだった。
「だからアナタはパーなんデス!」
怪人デスゲームマスクは金槌を手に取るとそのまま素早くシリアルキラーの頭目掛けて振り下ろす。
「ぐわーーーー!!」
ぐちゃりという鈍く湿った音が響く。
「アナタ、やっぱり馬鹿デスね。そうやって無事な手を犠牲にして、わざわざ勝ちの目を潰すんデスから!」
両の手を潰され、シリアルキラーはだらんと手を下に垂らし、肩で息をしている。
「でもこれで終わりじゃ面白くないデスね。まだまだ見せてもらわないと、満足できないデス!」
「「叩いて被ってジャンケンポン!」」
シリアルキラーはもはや指の形を変えることすらできず力なくパーを出すと、怪人デスゲームマスクはグーを出した。
「ほら、アナタの勝ちデスよ。金槌、振ってみて欲しいデース。もっとも、できるならデスが。デースデスデスデス」
腹を抱えて笑う怪人デスゲームマスクをよそに、シリアルキラーは金槌を手にするとその手を下に力なく垂らした。
「やっぱりもう持ち上げる力もないみたいデスね、デースデスデスデス」
「十分だ」
「はて、聞き間違いデスか? 今なんて言ったんデスか? シリアルキラー」
「コイツで十分だって言ったんだよ、デスゲームマスク!」
シリアルキラーは靴紐を使い手に金槌を縛り付けると、その肩をボキリと鳴らす。腕が支えを失った振り子のように揺れ出した。
「馬鹿な、自分の肩を外したんデスか?」
「これで終わりだ、デスゲームマスクーー!!」
シリアルキラーの腕は机の下で勢いをつけると、人間の関節駆動を無視した円形機動を描き肩の真上から振り下ろされる。
「奥義、デス男クラッシャーーーーー!!!!」
「そんな、あり得ない、あり得ないデス!」
シリアルキラーによって振り下ろされた金槌はガードする腕を貫通し、怪人デスゲームマスクの頭蓋を粉砕する。
「ばか、な、デス……」
血をぶちまけ机に倒れ込むデスゲームマスク。
ぴくりとも動かなくなった怪人デスゲームマスクをみて、シリアルキラーは立ち上がった。
「終わったぜ、オレが殺してきたみんな。オレが、オレたちのデスゲームを取り戻したんだ」
シリアルキラーの頬を液体が伝う。
シリアルキラーの慟哭は、ただ暗闇に溶けていった。