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契約を交わす(6)

お茶会の翌日、目が覚めるとそこには見覚えのあるキツネの耳の男の子がいた。


「え……! レヴィ!?」

「よくやったな、牢獄行きの運命を変えられたではないか」

「レヴィ、ありがとうございます。時間を戻してくださって」

「ああ。まあ、ひとまず合格点というわけだ。機転を利かせてマフィンを作って、スイーツの国内普及に一歩近づいたわけだしな」

「そうですね、私もこの国にマフィンも一般的ではないということに、改めて気づかされました」

「そうだ、この国にはまだまだスイーツが一般的ではない。だからこそ、普及させてほしい」


 腕を組みながら少し難しい顔をして伝えるレヴィに、ティナはずっと疑問に思っていたことを伝える。


「そういえば、レヴィって何者ですか?」

「拙者か?」

「はい、そんな珍しい見た目で魔法も使えて……」

「まあ、人間は魔力がないからな」


 そんな魔法が一般的な風に言われましても、とティナはレヴィに聞こえない程度の声で呟く。


「そんなあなたは、一体何者なんですか?」


 すると、レヴィはなんとも涼しい顔で彼女に返答した。


「スイーツの妖精だ」

「……へ?」

「耳が悪いな、お前。スイーツの妖精だって言ってるだろう」

「いえ、聞こえています! 妖精……みるの初めてですが、ちょっとなんかイメージと違いました」

「逆にどんなイメージなんだ」

「天使みたいに背中に綺麗な羽が生えてて、それで可愛い女の子で……」


 ティナは身振り手振りで自分の中の「妖精像」をレヴィに説明する。


「悪かったな、可愛い妖精ではなく」

「いえ、違うんです! その、レヴィが悪いわけじゃなくて……あっ! でも、これから実際、スイーツを普及させなきゃいけないんですよね?」

「ああ、それがお前のミッションだな」


 レヴィは近くにあった空っぽの果物籠に入ると、温泉に入るように足と手を伸ばしてくつろぐ。そんな呑気な様子のレヴィにティナは詰め寄って聞く。


「でも、それってふわっとしてませんか? 目標として」


 確かに「スイーツを普及させる」という条件に関しては、かなり定義が曖昧だ。何を基準にその国にスイーツが普及したと捉えるかは人それぞれである。

ティナがそんなことを思いながら質問を投げかけると、レヴィはあっけらかんとして答える。


「拙者も何が基準かわからん」

「へ……?」

「拙者もこの契約をしたのは初めてだからな。何が普及とみなされるか、ちっともわからん」


 何の悪びれもなく発言する様子に、ティナは思わずレヴィのくつろぐ籠を揺らしながら訴える。


「じゃあ、私たちの命がどう助かるか、保証がなんですか!?」

「ああ、そうだな」


(そんな劣悪条件で契約させられてたなんて……。いや、ちゃんと確認しなかった私が悪いのか。契約書はきちんと確認しないとね。うん)


「まあ、条件クリアしたらこの首輪も外れるだろう」

「首輪?」


 よく見ると、レヴィの首には以前はなかった青色の首輪がついていた。

まさか、と思ってティナは自分の首に手をやると、何か輪っかのようなものがついている。

急いで姿見の前に立って確認をすると、ティナには赤い首輪がついていた。


「なんですか、これ!」

「契約の首輪だ、条件をクリアするまで外れない」

「え、これずっとついたままなんですか!?」

「安心しろ、他の人間には見えない」


 ティナはなんとか外そうと試みるが、確かに外れない。それは頑丈というよりも何か不思議な力──魔法のようなもので縛られている感じがした。

 そんな風に首輪が気になって仕方ないティナに、レヴィは言う。


「まあ、とりあえず何か朝ごはんにスイーツを頼めるか?」

「ああ……そうだった、毎日スイーツをレヴィに食べてもらう約束でしたよね」


 ──こうして、レヴィの共同生活が始まった。


 それから数日後、ティナの「謎のお菓子令嬢」とあの日のお茶会の噂は王都へも届いており、何とティナは王宮に呼び出されていた。


「確認ですが、レヴィの姿は他の人には見えてないんですよね?」

「ああ、見えていない、お前しかな」

「そうですか」


 衛兵が厳重に守りを固める廊下を通り抜けて、王宮のある部屋の前にたどり着いた。

案内役の若い男はドアをノックすると、ティナに中に入るように促す。

なんとなくの癖からか、お辞儀をして部屋に入った。

 部屋にはティナが今まで見たことないがないほどの多くの書物に溢れていた。

本棚が部屋の両側の壁に配置されており、部屋から真っすぐのところには、一番奥に机と椅子があり、誰か座っている。

窓の光が綺麗に差し込み、そこに座っている彼の金髪をより輝かせる。


(わあ、綺麗な顔立ち……イケメンだ……)


 そんな彼は顔を上げてティナのほうを見ると、美しい顔で微笑んだ。


「やあ、ティナ嬢」

「ごきげんよう」


 転生前の記憶を思い出したことで一瞬忘れていたが、ティナは伯爵令嬢である。素敵なカーテシーを披露して挨拶をした。


「会えて光栄だよ、ティナ嬢。君のお茶会での噂を聞いてね」

「恐縮です」


 ティナは内心この男性は誰なのか、と思いながら話を聞いていた。騎士服でもないし、衛兵でも宰相のような格好でもない。かなり格式高い格好をしているが、彼は一体誰だろう。

 そんな風に考えていると、金髪の彼がにこりと笑って答える。


「あ、僕が誰か気になっている感じだね。申し遅れました」


 そう言って、彼は椅子から立ち上がってティナに近づく。

 そして彼女の右手を取ると、その前に跪いて手のひらにチュッと口づけをする。


「わっ!」

「申し遅れました、僕はラウレンス。トヴィーレ王国第一王子、ラウレンス・ルクレールです」

「第一王子っ!?」


 あまり姿を現さないことで有名な第一王子に目にし、ティナは驚く。

 そして、一層背筋が伸びる気持ちになる。


「そんなにかしこまらないでほしい。君に一つ頼みごとがあるんだ」

「頼み事、でしょうか?」

「僕の専属菓子職人にならないか?」

「専属菓子職人……?」


 おお、なんかすごそうじゃないか、とティナの少し後ろで見守っていたレヴィが声を出す。


(そっか、レヴィの姿は王子には見えていない……)


ティナはレヴィの反応を聞いた後、ラウレンスにどうしてという視線を送る。


(スイーツがあまり知られていないこの国で、王子がなぜご存じで、なぜ菓子職人を渡しに……?)


 ティナの疑問を感じ取ったように、ラウレンスは返答する。


「僕は実は甘いものが好きなんだが、王都にはまだお菓子屋さんすらなく全く民衆にも一般的なものと認知されていない。僕は他国を留学して様々な国で様々なお菓子を食べてきた。どれも美味しくて美しくて、職人の技が素晴らしくて……」


 ティナは静かにラウレンスの言葉を聞き届けると、一つの提案をした。


「では、僭越ながら王子、私を専属としてではなく、王宮菓子師として雇っていただけないでしょうか?」

「王宮菓子師?」


 ラウレンスの声と共にティナにはもう一人、レヴィの声も重なって聞こえた。


「私もお菓子が、スイーツが大好きなんです! だから、このスイーツの幸せをより多くの人々に届けたいのです。ですから、王宮菓子師としてこの国のスイーツの普及に尽力させていただけないでしょうか? もちろん、王子のスイーツもお作りして出来たてをお届けいたします!」


 ティナの提案を聞いたラウレンスは、キラキラと子供のように目を輝かせて嬉しそうにする。


「王子、そんなよくわからない令嬢の提案など……」


 ティナを案内した若い男であり、ラウレンスの護衛役の彼が眼鏡をくいっと上げながら言う。

 しかし、ラウレンスはそんなことお構いなしといった様子で、返答する。


「よし、ティナ嬢を王宮菓子師に任命する!」

「なっ!」


 ラウレンスの側近であるベルノルトが王子に抗議する。


「王子っ! 本当に良いのですか!」

「ああ、私の権限内で部下を置く分にはいいだろう?」

「ですが……」

「大丈夫だよ、それにスイーツの普及はこの国が抱えている様々な問題を解決してくれる。きっとそうなる」


 ラウレンスはベルノルトに微笑みかけると、ティナのほうへと改めて向きなおす。


「ティナ嬢、私のことはラウレンスでいい。これから王宮菓子師としてこの国の発展に力を貸してくれるか?」

「はいっ! お任せください!」


 レヴィとの奇妙な契約がきっかけとなり、この国で最初の王宮菓子師が誕生した瞬間だった──。


こちらで第一章は終わりとなります!

ブクマや評価などいただければ励みになります!

また第二章は「王宮アフタヌーンティー改革」の予定です。

気に入っていただければ、引き続き読んでくださると嬉しいです!

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