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契約を交わす(4)

 春の陽気が心地よく、たくさんの令嬢たちの上品な笑い声が聞こえてくる。

 テーブルにはお茶会のセットが置かれており、何種類もの紅茶が並んでいる。

 そして、ティナの少し離れたテーブルの前には、彼女の友人であるメアリがいた。


「戻った……?」


 レヴィに願った通りに時間が戻ったのだと考えたティナは、念のため近くにいたメイドに尋ねる。


「少し聞いてもいいかしら?」

「もちろんでございます。いかがいたしましたか?」

「今日って何日だったかしら?」

「本日は秋の暦の二十六日でございます」

「あ、ありがとう、助かったわ」


 ティナはメイドに礼を告げると、そのまま歩き出す。


(間違いない、時間が戻ってる)


 テーブルの食事の順番や減り具合を見て、お茶会の最初のほうだと考えられた。


(メアリが毒入りのスコーンを口にするまで、まだ時間はある)


 そう思っていると、ティナの目の前を一人のメイドが通りかかる。


(あれって……)


 それはティナが牢屋に連れていかれる時に目が合ったリズという馴染みのメイドだった。

 リズはティナに気づくと、丁寧にお辞儀をして去っていった。

 その時、ティナはあることに気づく。


(あれ……カリューニの花の香り……)


 花もにぎやかに咲いているこの庭園で、カリューニは季節外れの花であり、見かけたことはなかった。

 ティナはますます気になり、リズの後を追っていく。

 カリューニの花でティナが気になったのには、理由があった。

 この花は観賞用としてよく知られており、あまり一般的ではないが、花を乾燥させて、フレーバーティーとして飲んだり、お菓子に混ぜて食べることもできる。

 しかし、食用するときに一つ注意点があったのだ。

 それが──。


(レモンを一緒に入れてはならないこと……)


レモンの成分とカリューニの花の成分が化学反応を起こして、「毒」となるのだ。

もし誤ってその二つを口に含んでしまったら、息苦しさと激しい動悸、そして放置すれば持病がある場合などには死の可能性もある。

 医療知識、薬物知識が豊富だったティナは、このことを知っていた。


(リズ……あなたがやったの……?)


 まだこの事件の毒がカリューニの花が原因であるとは断定できない。

 しかし、ティナは事件後のリズの青ざめた表情が気になったのだ。


(とにかく、確認しないと……)


 ティナはリズの動向を見守ることにした。

 リズは庭園に接しているキッチンへと入って行った。

 どうやらキッチン周り使用人のほとんどがお茶会のもてなしをおこなっているようで、中にはシェフが一人だった。

 シェフはリズが戻ってきたことに気づくと、手を挙げて言う。


「食材が足りなくなったから、外の貯蔵庫に取りに行ってくるわ」

「かしこまりました」


 シェフはそう言うと、裏口から出て行った。

 リズはその間に小さな器を出して、クロテッドクリームやジャムを入れていく。

 ゆっくり丁寧にジャムを瓶から出しているが、ジャムがスプーンにくっついて取れない。

 リズは何度かスプーンを振りながらジャムを落とそうとするが、勢い余ってそのジャムが天井に飛んで行ってしまう。


「ああっ!」


 リズは天井を見上げて、またやってしまったと呟いている。


(いつもやっているのね……)


 確かに、ティナから見てもリズは少し抜けているところがあった。


(あの素直さというか、真っすぐさがリズのいいところでもあるんだけどね……)


 リズは脚立を用意すると、天井や壁についたジャムを拭き取る。

 そして、彼女は気を取り直してもう一度ジャムの盛りつけを始めた。


(今のところ、リズに変わった様子はない。リズはスコーンを運んだだけ?)


 スコーンをメアリに持っていったリズが怪しいが、様子を見ている限り不審な点はない。


(じゃあ、スコーンを作ったシェフが犯人?)


 そんな風に思ったティナはリズのもとを離れて、シェフの動向を探りに行こうとした。

 しかし、その時だった。


(あっ……!)


 リズが周りの様子を木にするようにしながら、レモンを手に取って一つのスコーンに絞って果汁をかけた。

 その皿はメアリが普段から愛用しているもので、彼女のところへ持っていくことが予想された。


(あのスコーンには色からして、カリューニの花が混ぜられている。私のテーブルのにもあった。じゃあ、やっぱりリズが……)


 そう考えているうちに、リズがスコーンの皿を持っていくところだった。


(このままじゃ、また事件が起こる……!)


 ティナは柱の陰から身を乗り出して、思い切って彼女の前に手を広げて立ちふさがる。


「ティナ様っ!?」

「私がなんで立っているか、わかっていますよね?」

「…………」


 リズもなぜ自分が止められているのか気づいており、どうしようもできずに目を伏せた。


「レモンをかけたそのスコーンを、どこに持っていくつもりですか?」

「どいて……」

「リズ!」

「どいてください!」


 リズは強い口調でティナに訴えた。


「どうしてなの、リズ。なぜ?」

「……奪ったから」

「え?」

「最初に好きになったのは、私なのに。それなのに、メアリ様はジルベール様と婚約した。元々、ジルベール様と婚約していたのは私だった……」


(そっか……)


 リズは元々伯爵令嬢だった。

 しかし、事業に失敗したリズの実家は没落してしまったのだ。そして、リズの実家とメアリの婚約者であるジルベールの家は仲が良かった。


(リズはジルベール様のことが好きだったのか……だから、メアリに……)


 リズは気持ちを吐き出したことで、涙が止まらなくなる。


「どうしようもないってわかってるのに……私の片想いなのに……私、とんでもないことを……!」


 ふと我に返ったリズは、自分の行為を許せずに肩を震わせ鳴いている。

 毒となってしまったスコーンに、涙がポロリポロリと落ちた。

 ティナはリズに近寄ると、彼女から皿を奪ってテーブルに置く。

 そして、彼女を優しく抱きしめた。


「ティナ様……」

「大丈夫。まだやり直せる。あなたはちゃんと自分の足で止まった」


 ティナは彼女の背中をポンポンと優しく叩く。

 すると、ティナはある人物が来たことに気づき、リズに伝える。


「リズ、きちんとお話できるみたいよ」

「え……?」


 二人の傍にメアリがやってきていた。


「リズ、ごめんなさい。あなたの気持ちに気づいていなかった。ごめんなさい……」

「メアリお嬢様……! 違うんです! 私が、私が勝手に彼が好きで……」


 そう言いながら、メアリとリズは頭を下げ合った。

 そんな二人の話をティナはしばらく見守っていた。



「スコーン冷めちゃったわね」


 メアリがふふっと笑いながら、レモンのかかっていないスコーンを手に取った。

 割ってみると、さくふわの食感が失われて冷めてしまっている。


「申し訳ございません、お嬢様」

「いいのよ。またつくれば」


 二人の会話を聞いていたティナは、いいことを思いついたというように笑顔になり、一つ提案をする。


「あの、もしよかったら……」


 ティナの提案に二人の少女は不思議そうに首を傾げた。


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