65.八頭の竜
そう意味深な事を言ったフローラは、回転椅子から立ち上がり、指を鳴らすと、彼女の身体はみるみる変質していった。
現れたのは巨大な竜。竜人自体、竜形態になると20mくらいの巨体だが、それより更に一回り大きい。
そんな事より奇妙だったのは、竜形態の彼女の頭が8つあった事だった。
「八頭の竜……」
伝説の竜そっくりな奴が出てきた事に、私はアナベルが先程、敵の正体は復活した八頭の竜では無いか、と予想を立てていたのを思い出す。どうやらビンゴだった様だ。まさか、かつて会った胡散臭い魔法使いがそうだとは思わなかったが。
「改めまして。伝説の八頭の竜です」
「……聖女様、経緯はあなたと同じです」
「かつて、勇者一行に撃破された私は、長い時を得て、こうして転生したのです」
「そして、1000年前と同様に、人類を管理する為の戦いを始めた、それが今回の真相」
「私の頭脳を使えば、かつて作った眷属の小竜達を現在の技術で蘇らせるなど、造作もない事。貴方の事は、レッドリーの基地にて偶然遭遇した時にびびっときましたよ。この人は聖女だ。それも今世では、私の番なのだと。驚きましたよ、前世の仇が今世では番とは」
「ま、これはこれでロマンチックなのでよろしい。その後ドラコニアに取り入り、まんまと新兵器として、眷属達を新造する事が出来ました。壁に取り込まれているのは皆ドラコニアの研究者や軍人。眷属の新造が終われば不要なので、行きがけの駄賃として、私がこの姿を取り戻す為の生贄になってもらいました」
「人類を粛清する。全てはその為」
「わずかな流血と引き換えに、人類はより高度に発展できるでしょう。貴方の力が必要です」
8つの頭は口々にそう言った。口調は丁寧だが、言っている事は滅茶苦茶だ。
「聖女様。私と共に来る気はありませんか? 人類史を私と共にやり直しましょう。貴方と契る事で私はより強力に進化する事が出来る」
「はは、こんなのが俺の番とはねぇ……。なんだよ、人を強化パーツみたいに言いやがって。性的・繁殖的な相性と、人格的な相性が必ずしも一致するとは限らないのが、『運命の番』の悪い所であるが……今回のミスマッチは凶悪だな」
こんなの、呼ばわりにとんでもない嫌悪感と侮蔑を感じる。アナベルがここまで他人に悪感情を向けるのは珍しい。それだけ、この伝説上の怪物に恐ろしいものを感じたのだろう。
「残念ながら、番の話は間に合っている。あんたと一緒になる気はさらさら無いね。俺には愛する人が既にいるんだ」
「アナベル……」
そうはっきり言ってくれて、こんな場面だというのに嬉しくなってしまう。我ながらチョロい女だと思う。
「……まぁ、そう簡単になびいてくれるとは思いません」
そう言って、八頭の邪竜は、背中から無数の触手状の器官を生やした。私達の機体に絡まったのも、あの触手かもしれない。
「ならば、無理矢理手に入れるまでです。この可愛い羊の様に」
「っ!」
何本かの触手に、1人の少年が絡め取られていた。金髪の羊獣人で、意識は無い様でぐったりとしていた。腕には針状の触手が何本も突き刺さっている。
なにより驚いたのは、この少年の顔を私達は見た事があったからだ。
「エルネスト・フェルトワン……」
「ヴェル王国の傀儡王子が何故?」
新聞で何度か顔を見た事があり、更に言うと、私達的にはあのヴェルの血塗れ狐の許婚としての印象が強い羊獣人の少年。それが何故か、ここにいる。困惑していると、八頭の竜が疑問に答える。
「そう。ヴェルの哀れな傀儡王子。彼には饕餮の血という貴重な血が流れていましてね。それが私と無人機の強化に使えたので、使っちゃいました。触手を突き刺し私に直接、饕餮の血を取り込む。おかげで、今、空を飛んでいる無人機と私は、強力な力を手に入れました。制御を完全に私が支配する事も。……とはいえ、そろそろ、この少年の生命維持に必要な血も全て搾り取ってしまう。あなたが必要なのはその為でもあります。番を私の中に取り込めば、饕餮の血以上の効果がありましょう」
あっさりと言う八頭の竜。どうやら、こんな年端もいかない少年を簡単に強化パーツ扱いする辺り、想像通り、こいつは血も涙もない奴らしい。
そして、分かった事がもう一つ。彼女にアナベルを渡したら、ろくでもない事になる事は確実という事。アナベル本人的にも、周辺への被害という意味でも。
「……エール。こいつはここで止めないとまずいな」
「全く同感です。出来るかは分かりませんが、ここで倒すしかありますまい」
そんな私達の会話が聞こえたのか、八頭の竜は8つの顔に侮蔑交じりの笑みを浮かべた。
「お? 私を倒すつもりですか? この饕餮の血で強化された伝説の竜を!」
私達は竜形態に変化すると、2人同時にブレスを吐く。拳銃でこいつには歯はたたない。
「面白い!」
8つの頭の邪竜と、銀の竜と青い吉弔という異色の戦いのゴングが鳴った。




