52.新しい翼
「貴官達の新しい機体だがな。まだ来ておらんのだ。予備機も全て使っているし。何しろ、この連日連夜の戦闘だ。戦闘機の様な高価なものは、需要と供給が釣り合っていないのだよ」
軍病院から退院し、レッドリー基地まで帰ってきた私達は、司令から残念な知らせを聞く事になった。まだ、私達の新しい剣は到着していないらしい。
「どういたしましょう? しばらく地上勤務でありますか?」
「……君達の様な腕の良いパイロット達を遊ばせておくのも勿体ない。それに、首都奪還作戦も近々開始される。それまでには新しい機体にも馴染んでもらいたいし」
しばらく司令は考えていたが、やがて口を開いた。
「格納庫に、以前届けられた試作機があるだろう? あれを使っても良い」
「……アレですか?」
司令の言葉にアナベルが思わず聞き返す。
司令が言っているのは以前、この基地に送られてきた、とある試作機の事であろう。実際、司令はアナベルの言葉に頷いている。
『F-556C フライングダンサー』。それがその試作機の名前である。元々、我が国の主力機である『スカイシャドウ』と正式採用をコンペで争って負けた機体を、更に改良した機体である。
ここまでなら良い。だが、問題はここからだ。
元となった機体は性能自体は高かった。だが、まぁ何というか、制作会社の政治的な努力が足りずに、正式採用の座を逃した悲運の機体であった。
それを未練がましく、技術実証を名目に更に改良したのは良いが、高性能化を目指し過ぎた結果、逆に機体のバランスがかえって損なわれてしまい、ひどく扱い辛い機体になってしまったという曰く付きの機体である。
試験の為、この基地に運び込まれてきたのは良いが、誰もじゃじゃ馬と化した本機を扱いきれず、そのまま現地配備という形で格納庫の片隅に封印され、埃を被っているというのが現状である。
「お言葉ですが……アレは相当な我儘娘ですよ。気難しい高位貴族令嬢の方が、まだ扱いやすいレベルの」
「とはいえ、現実問題、他に機体は無いんだ。……ま、無理強いはせん。新たな機体が回されるまで、地上勤務という形でも構わないが」
「……」
少し悩んでいるアナベル。あの機体に乗らなければならないのと、当面の間、空を飛べないのを天秤にかけていると思われる。
「一度、試乗させていただいても?」
「良いだろう。飛行許可を出そう」
結局、彼は前者を取った。必然、そうなると私も付き合わなければならないという事である。
……さて、曰く付きの機体。どんな奴だろうか。
***
「アレを使うんですか?!」
「ああ、試乗する。申し訳ないが、準備をしてくれ」
「……そりゃ、仕事というなら断れませんが、大丈夫ですか? せっかく拾った命を投げ捨てる様な真似」
『フライングダンサー』を動かすと聞かされた整備兵達は露骨に動揺した。まさか、いくら機体が足りないとはいえ、曰く付きの戦闘機を動かす事になるとは思っていなかったのだろう。
「最悪、上空で機体を捨てる。脱出装置は入念に点検しておいてくれ」
「そんな不法投棄みたいな……。滑走路に落とさないでくださいよ」
集まって来た整備兵達は格納庫に入ると、早速、『フライングダンサー』の整備にかかる。
かの機体は主も無くポツンと格納庫の中で佇んでいる様にも見える。試作機らしく、白と黒のツートンカラーで塗装された機体は、スカイシャドウと対照的に、単尾翼単発エンジンの機体だった。主翼は特徴的な前退翼。機首にはカナード翼が取り付けられ、いかにも、試作機という風格だ。座席は複座である。
「よう、『シルバー』何か面白そうな事してるじゃないか」
私達も座席に座り、整備兵と共に機体の調整をしていると、噂を聞きつけたのか、『バグパイプ』と、『クロスボー』がやってきた。
「え、これまで引っ張り出すの?」
『クロスボー』はこの機体を少し困惑した様な顔と共に見ている。
「他に機体が無いんだって」
「だからって、わざわざこれを引っ張り出す事も無いと思うんだけど……嫌よ、いくら恋のライバルとはいえ、しょうもない事故で死なれるとか」
「いつも以上に慎重に扱うわよ」
うちの整備兵達は腕が良いのか、そうこうしているうちに、準備が完了したらしい。一応、いつでもエンジンを始動させて発進出来る様には出来たらしい。
「ひとまず、試運転といくか。『バグパイプ』か『クロスボー』のどっちかに付いてきて欲しいんだが。もし動かせる様なら、模擬空戦もしたい」
「それなら、私が行こうかしら。もう整備も終わっているみたいだし」
「『パファー』は?」
「本当に空戦するわけじゃないし、わざわざ呼び出す事もないでしょ。模擬戦は、先に後ろを取った方が勝ちって事にしましょ」
『クロスボー』はそう言うと、自分の機体のある格納庫に向かって行った。私達はというと、タキシングで滑走路の離陸位置にまで移動して、先に飛んで機体の具合を確かめてみる事にする。
『フライングダンサー』はアメリカ軍の試作機X-29を複座にしたイメージで書いています。あとモデル的にはモビルスーツのヅダも。




