50.sideヴェル 調略
数日後、ヴェル国内某所。
アナベルとエールが病院に入院中の事である。エールの双子の姉にして、諜報部員のウィング・シンファクシは、とある任務の為、ヴェル属州に潜入していた。
ただの破壊工作や情報収集ではない。彼女に与えられたのは、とても重大な任務だった。
「エルネスト殿下にはご機嫌麗しゅう。私、ウィング・シンファクシと申します。以後、お見知り置きを」
「ぬけぬけと話す。大した奴だなぁ、貴殿は。罠だとは思わなかったのか?」
「もし、殿下に全くその気が無いのなら、会おうともせずドラコニアの連中に通報するはず。脈アリと判断しました」
「竜人にしては、中々魅力的な奴じゃないか、貴殿は」
「殿下……今日日、人種差別など流行りませんよ。竜人にだって面白い者はいます」
ここはヴェル国内の某所の、とあるファストフード店である。ここにいるのは、ウィングの他、ヴェルの傀儡王子であるエルネスト・フェルトワンと、ハンナ・ヴァルカンである。
傀儡とはいえ、この国の王子と将来の王妃、現英雄的エースパイロットが、ただのファストフード店に一堂に会しているとんでもない光景なのだが、人の出入りの大きいここでは、変装していることもあって逆に目立たない。わざわざ他の客の話に耳を傾ける者もいないだろう。
「まあ、事と次第によっては通報しますが。私の殿下と他の女性が話しているというだけで、私にとっては不快なのです」
ハイライトの無い瞳で言うハンナ。なんとなく、妹がアナベルを見ている時の瞳に似ていると思うウィングである。なるほど、彼女、こちらが彼に気があるとでも思っているのかもしれない。
「はは……あくまでこれはビジネストークなので、殿下に惹かれている訳では無い事は保証しますよ。第一、私には将来を誓った相手もいますし」
最後のはでまかせだが、嘘も方便だ。現に、ハンナの警戒心も少し薄れている。
「話は戻りますが、何度かうちの諜報部員が話を持ってきたと思いますが、どうでしょうか? あの件は……」
「あの件……ドラコニアを裏切り、レーヴェン側につけ、という話だな」
「話が早い」
ウィングは、きちんと話が伝わっている事に安堵した。
そう、レーヴェンの諜報部では、ドラコニアの傀儡であるヴェルを裏切らせる事で、ドラコニアを内部から崩壊させようと企んでいるのだ。
すでに何度か接触し、良い返事こそ貰えていないものの、かなりの好感触はあった。あと一押しといった所だ。今回の接触で3回目。三顧の礼といきたいが。
「単刀直入に申します。裏切りなされ」
ウィングはそう言って反応をうかがう。
「そうしたいのは山々だが、そう簡単にいけるものでもあるまい。レーヴェンとの戦争で苦戦しているとはいえ、ドラコニアは強国。反乱を起こしたとして、すぐ鎮圧されてしまうよ」
「こういう言い方はなんですが、ヴェルの奮戦と強兵っぷりは我々が一番知っています。特にそちらにおわしますハンナ嬢。彼女に我が空軍は、多大な出血を強いられております」
「何ですか? 貴女は私に恨み言でも言いにきたのですか?」
ハンナはそう皮肉を言った。ウィングはそれにひるまず、話を続ける。
「いえ、私が言いたいのは、逆に言うと、そうした力を持つ限り、ドラコニアの連中はそれを利用しようとするだろうという事です。すでにお耳には入っていると思いますが、数日前の南東戦線の戦車戦。その時もヴェル軍は多大な損害を食らったと聞きます」
「……」
「すでに我が国の軍隊は、首都マーリアスを射程内に収めています。首都奪還戦が発動されれば、またしてもヴェル軍はドラコニアの連中のアゴで使われ、多大な出血をする事でしょう。いくら、ハンナ嬢が一個飛行隊に匹敵するスーパーエースでも、多勢に無勢という言葉があります。万が一にも討ち取られてしまう可能性もあります」
「む……」
「そうなれば国民の士気はガタ落ち。殿下だって、心を痛めて再起不能となってしまうのは想像に難くありません」
そういうと、エルネストは露骨に狼狽した様な顔になる。一瞬だったが、それをウィングは見逃さない。
「そうなってから決意したとして後の祭り、百戦錬磨の戦士達が死に絶えた後では、いくら不意を突いて反乱を起こしてもすぐに鎮圧されるのがオチです。蜂起出来るのは今だけなのですよ? それに、噂によれば敵の新兵器の情報もあります。それらが量産化された暁には、勝ち目、ありますかね?」
そこまで言った所でハンナが口を挟んだ。
「詐欺師の様な口調で胡散臭いのは、この際良いとしましょう」
「これは手厳しい」
おどけた様に言うウィングを無視し、ハンナは言葉を続けた。
「蜂起した後、どの程度の支援はしてくれますか? 今までの話では、そのあたりが今ひとつ分からなかった故」
「流石、未来の王女様。良い目の付け所です。今回はそのあたりの手土産のお話も陛下直々に認めてもらいました」
そう言って、ウィングはハンナにさりげなく、小さなメモを渡した。
「……!! こんなにもの資金、物資、兵器の支援をいただけるのですか!?」
「ええ。それだけ陛下はヴェルの立場に同情しておられるのです。敵ながら気の毒ですよ。一方的に侵略された挙げ句、その時の傷も治らぬまま、赤の他人との戦争に駆り出されるなんて……」
よよよ……とわざとらしく嘘泣きをするウィングを眺めつつ、ハンナから渡されたメモを一読したエルネストはそれを返した。
「…………余裕で2つの戦争で負った傷を回復出来る様な量の支援をくれる様だが、本当だな? 反故にはしまいな?」
「何、この戦争が続く事で生じる我が国の損害を考えれば、微々たるものです。不安であるというなら、陛下のサイン入りの誓約書を持ってきましょう」
「……話は分かった。この話は一度持ち帰らせてもらう」
「良きお返事を期待します」
そう言って席を立つエルネストとハンナ。それに、ウィングは一言声をかけた。
「実は、私の双子の妹と乳兄弟も空軍にいましてね。2人共、私は好きですし、彼女達は互いを思い合っている。この戦争、生き残ってほしいのですよ。……ハンナ嬢に空で遭遇したら、討たれてしまうかもしれない。それは、色々と気の毒でね。そういう意味でも、良い決断をお願いします」
流石のウィングでも、空の上で3人が既に何度か顔を合わせている事までは知らない。
「…………はぁ。今後レーヴェン機と遭遇した際には、極力、コックピットは狙わない様にしましょう」
「ありがとうございます」
そう言って、2人は店を出ていった。
「さて……種は蒔いた。後は上手く芽を出すか、ですが」
ウィングは、そう独り言を言うと、トレーの上に残ったアイスコーヒーを飲み干した。




