5.ヘッドオン
「舐めやがって……」
そう苦々しくアナベルは吐き捨てた。
戦闘機同士の戦闘では、相手より高く、速く飛んだ方が有利になる。高度が高ければ高い程、そこから降下する事で、その位置エネルギーを速度に変換する事が出来るからだ。相手より速く飛べるという事は、それだけ有利な位置に早くつく事が出来るという事でもある。基本的に空戦では、相手より速く飛んだ方が有利なのだ。
ヴェル機は我々の頭上を取ろうとしている。もしも、彼、もしくは彼の祖国が悪意を持っていた場合、そのまま攻撃に移る可能性が高いという事だ。
「不明機が上昇。追跡します」
アナベルはそう隊長に伝えると、負けじとアフターバーナーをふかして、不明機を追跡した。必然、後部座席に座る私にもGがかかる。
「くっ……」
「『ストライク』、大丈夫か?」
『ストライク』とは私のTACネームである。TACネームとは、簡単に言うと正式なコールサインよりもくだけた、部隊内でのみ通じるあだ名の様なものだ。皆、本名よりも特徴的な名前を付けられるから、せわしない通信中でも誰に話しているかがすぐわかるし、同名の相手でも聞き間違える心配がない。
「なに、これくらいのGは慣れっこですよ」
高度計がせわしなく回転し、計器の中央のメーターの数字も凄まじい勢いで上昇する。高度はあっという間に5000mを越えた。
「どこまで追いかけっこを続けるつもりかな?」
「流石に先方も成層圏で鬼ごっこをするつもりは無いと思いますが……」
少し前方を飛ぶ『スティングレー』は、高度が7000mを越えた辺りで、急速に上昇角を上げると、そのまま宙返りをして、今度は一転して降下姿勢に入った。ちょうど、こちらとは相対する、いわゆるヘッドオンですれ違う形になる。
その際、不明機はこちらに異常接近し、双方あわや空中衝突しかねない距離まで近づいてきた。
「……!! あの馬鹿スティングレー! 」
ギリギリでアナベルが機体をズラして、正面衝突は避けれたものの、かなり危険な軌道だった。キャノピーごしに相手のパイロットの姿が見えた程だ。ヘルメットのバイザーを下ろし、酸素マスクをしていたので、顔は分からなかったが。
「完全に煽っていますね」
「実戦だったら機関砲の一連射で終わってた。そう言いたいのかね、奴は」
「露骨な挑発です。乗ってはなりません」
「……分かっているよ」
相手の『スティングレー』は、その降下姿勢のまま、踵を返して国境線から離れていく。このまま帰投するつもりだろうか。こちらが顔を真っ赤にして追撃してきたら、領空侵犯で問題に出来るから良し。素直に引くならそれも良し。とでも思っているのかもしれない。
「『シルバー』、『ストライク』。機体や身体に異常は無いか?」
隊長機から通信が入る。渋い、ナイスミドルといった感じの雰囲気である。彼は訓練の時など厳しい時もあるが、部下思いで腕も良く、私を含めた部隊の皆は、彼の事を尊敬していた。今も私達の事を心配してくれている。
「はい。いささか、手荒い歓迎を受けましたが」
「最後まで気を抜かない事だ。最後の不明機の急な宙返り。あれに悪意が乗っていたら、かなり危険だった。ただでさえ上昇中は速度が失われて機動性が落ちるからな」
「……ラジャー」
アナベルは興奮しつつ、同時に少し震えていた。恐怖と興奮の入り混じった独特の感覚というべきか。かくいう私も、身体を押さえつけるGと生死がかかった動きで、脳内でアドレナリンが噴き出しているのが分かる。今までもスクランブルはあったが、あんな事をされたのは初めてだったからだ。
編隊を組み直し、基地に機首を向けた私達に隊長は声をかける。
「……今日の事、あまり言いふらすなよ。ドラコニア機があんな露骨な挑発をしてきたなんて国民に広まったら、政治的に面倒くさい事になる。今回の事は一歩間違えりゃ、宣戦布告の口実にさえ使える類のものだ」
「……はっ」
「世の中にゃ、案外血の気が多い奴がいるからな。……戦争なんて勘弁だぜ。真っ先に死ぬ事になるのは俺達軍人なんだからな」
ヘッドオンはロマン。
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