47.聖女
聖女ねぇ……。まさかこんな場面で冗談言う人じゃないが、それでも困ってしまう。
「例えば……こうだ!」
彼は、私の目の前で指をパチンと鳴らした。
するとどうした事だろう。私は彼、アナベルの事が愛おしくて仕方なくなった。いや、勿論、今までも彼の事はお慕いしていたが、今心にあるのは彼の事だけだった。まるで意識や思想を書き換えられていく様な感覚に陥る。
「アナベル、好き、好き……大好きです。愛しております。これが……これが真実の愛なのですね!!!!」
「おー、凄い効果。……解除!」
「……はっ!? 私は今何を……」
しばらく呆然とする。今までのアナベルへの、凄まじいまでの衝動的恋慕はなりを潜めた。
「これが証拠……といっては弱いかもしれないが。聖女が使っていたという魅了魔法が使えるようになった」
「魅了魔法……」
これが噂の……確かに、他人の好意を急激に上昇させるという話だったが、凄い力だった。邪教の教祖に憧れる狂信者の気持ちとでも言うべきか。そりゃ長年どの国でもタブー扱いされるわけだ。彼に、そんな魔法は使えなかったはず……。
「……これは安易に見せびらかして良いものじゃないな。今日見たものは2人だけの秘密だ。いいね?」
「それは勿論」
魅了魔法が使えるなんてバレたら、下手すると軟禁されかねない。それだけこの魔法は危険なものなのだ。
それからアナベルは、聖女がいた時代の事や、伝説の勇者の事をまるで、さも見てきた様に語った。急に考えた様な内容ではないし、そもそも、彼はこんな状況で悪い冗談を言う様な人では無い。
「正直、まだ半信半疑ではありますが、とりあえず信じてみましょう……なんで今世ではちん◯が生えたのかは分かりませんが」
「さぁな。前世で魅了魔法で色々と苦労したみたいだから、もう女の子には生まれたくないと思ったのかも」
「…………で、聖女様。何故今になって記憶が戻ったんですかね?」
「今まで通り、アナベルで良いよ。今までの俺の人格はそのままに、昔の俺の記憶だけが流れ込んで来た感じだから。俺は俺さ」
悪戯っぽく不敵に笑うアナベル。……いけない、つい見とれてしまいそうになる。
「原因として考えられるのは……これかな? 多分、因縁深いこいつを手にしたから、記憶が蘇ったんだろう。それに、最近見ていた悪夢も、この記憶が戻ってきている影響だったのかも。笛を吹いて、不気味な肉塊を操るなんて、なんというか寓話的だ」
「夢はともかく……。これは例の謎の赤いパーツですね」
「パーツ? そんな可愛らしいものじゃない。コイツは悪竜の心臓だ。機械に包まれてはいるがね」
「悪竜の心臓? 機械?」
「ああ。 エールは聖女伝説は知っているね?」
「ええ。人類を管理しようとする悪いドラゴンとその眷属達を、聖女様がまさに魅了魔法を用いて封印したんですね。母上から寝物語でよく聞かされていいたではありませんか」
「はは、そうだった。懐かしいな。3人で並んで寝たものだ。……で、だ。その眷属なんだが、あいつらは元々、鉄とタンパク質で作られた人工生命体なんだ。それこそ、無人戦闘機の様な」
「SFでありがちな暴走する自律兵器って事?」
「そう思ってくれて良い。その72体の自律兵器をコントロールしていたのが、このパーツ……厳密にはここが脳であり、心臓だ。こいつで、八つの頭の竜の指令を受け、具体的な戦闘は眷属自身の判断で行う事になる」
赤いパーツを、手で弄びながら言うアナベル。要するに、この赤いパーツが受信機であり、脳というわけだ。
「本来、眷属達は全部前世の俺が地中深くに封じたはずなんだが……」
「何故か、その眷属のパーツをつけたドラコニアの新型機が、蚊蜻蛉の様に空を飛び回っていたと」
「そう。まさか、発掘したわけでは無いだろう。封じたのは、相当深い地中だ。だが、あの装甲の中身、あのグロテスクな肉の塊は忘れようとしても忘れられるものじゃない。もしかしたら、物凄い頭の良い奴が、伝説を元に新造したのかも……いや、むしろそちらの方が説明がつく。あの無人機と眷属達は本質的には似たものだ」
「……ともかく、何か不味い事が起こっているという事ですね」
伝説の化け物を、兵器にする。滅茶苦茶な話だが、戦時というのは、こういう滅茶苦茶な話でも平気で通ってしまうという事だ。げに恐ろしきは人の業という事か。




