44.遁走
「……エール」
「はい」
「投降したら助けてくれるかな?」
「微妙ですね。相手が理性的とは限りませんし、明らかにヤバいものを見てしまったので……。最悪、口封じで、2人仲良くこの場で銃殺でしょう」
「大人しく殺されるのは性に合わん。逃げるとしよう」
「お供します」
私達は、草むらから静かに出ると、ゆっくりとした動きでその場を離れようとする。だが、疲労もあったのだろう、そこでアナベルが、誤って落ちていた枝を踏んで折ってしまった。
「……!」
乾いた枝は意外と大きな音を立てた。
「誰だ!」
敵兵が、それにすぐに反応する。距離にして約100m。自動小銃ならば十分射程範囲内である。
「ちっ、ドジッた!」
咄嗟にアナベルは銀色の美しい竜形態に変身すると、私をかばう様に前に立った。
「敵だ!」
次の瞬間には敵兵士が叫んで、彼の持つ自動小銃から銃弾が注ぎこまれる。
「アナベル!」
「大丈夫、甲殻で受けている」
アナベルは背中の甲殻で銃弾を受けつつそう言うと、私をかばったまま、前足で私を抱き寄せ、一気に空に向けて飛び立った。みるみる地面が遠くなる。
銃弾の弾幕も距離が離れると共に拡散し、やがて届かなくなった。何人かが飛竜形態で追ってきたが、しばらく飛んで上手くまけた様だ。
「痛……っ」
追手から逃げ切ると、アナベルは辛そうな顔になる。
硬い甲殻で防いだとはいえ、自動小銃の弾を浴びたのだ、痛みは相当なものだろう。先ほどまではアドレナリンのおかげで痛覚が麻痺していたのだろうが、ここにきてそれが復活したのだろう。
「大丈夫ですか?」
「これくらい大した事ない」
「あんまり格好つけなくても良いですよ。声が震えているではありませんか」
現在いるのはケルベロスの森の上空。高度は100mくらいだろうか。対空レーダーの探知を防ぐ為に出来るだけ高度を低くしている。
私は、所謂お姫様抱っこの形で彼に抱えられていた。飛行中は相当寒いが、彼が、しっかりと身体を抱いてくれているので、寒くは無い。これほどまでに竜人が変温動物で無い事をありがたく感じた事は無い。
が、生憎、彼の心配でロマンチックな雰囲気にはなれない。それに、何度も言うように、昔と違って竜は今や強者でもなんでもない。それどころか弱者側だ。今も、対空ミサイルや追撃の戦闘機が追って来ない様に祈っている。
まあ、昔の隆盛に比べて落ちぶれた、という意味では、環境汚染や乱獲で絶滅してしまったスライムやゴブリンなんかよりは、世界中に竜人として拡散しているドラゴンは遥かにマシな部類ではあるが。
「一度、地上に降りましょう。少し治療してあげます」
「そういえば、エールは回復魔法が得意だったな」
「私……というより吉弔種自体の特徴と言いますか。数少ない利点ですね。回復魔法が得意なのは」
私も専門的な事は分からないが、吉弔種の脂肪は弔脂と呼ばれ、これが回復魔法を使うにあたって、なんか体内で良い感じの反応を起こして、魔法の効率が上がるらしい。流石に回復魔法による治療自体、本職の医者の治療に質では遠く及ばないが、応急処置としては十分だ。
アナベルは適当な地点にホバリングをしつつ垂直着陸すると、すぐに人間態に変身する。抱えられていた状態のまま、人間の姿になったので、お姫様抱っこは続いている。




