35.sideヴェル 饕餮の血
「これは妙なことを言う。この吹けば飛ぶ様な傀儡王子に、どんな力があるというのだね?」
僕は、ますます警戒しながら、この胡散臭い女性を眺める。
「貴方の中には、とても貴重な血が流れております」
「ん……まぁ、そりゃ一般人に比べたら王家の血は高級品だが」
「それは勿論、ヴェル王家の血はとても尊いものです。しかし、我々が求めているのはただの高貴な血筋という意味の血ではありません。文字通りあなたの中の血です。具体的には400ml程」
「は、はぁ……」
ますます妙な事を言われて、思わず素が出そうになってしまう。僕は慌てて、王子としての仮面を被り直す。
「貴公、流石に無礼ではないか? その様に訳の分からぬことを……」
僕の側近がそう聞くが、フローラと名乗った技術士官の女性は、悪びれもせずに口を開く。
確か、彼女は元々、在野の魔法使いで最近、ドラコニア軍にスカウトされたとか噂で聞いた事があった。『大佐相当官』という身分が、彼女の立場を表している。曲がりなりにも一国の王子に対して、ここまで口が回るとは、ドラコニアには大した人材を得た様だ。
「すでに、上層部からの許可は取り付けております。殿下には、血液の提供をお願いします」
しかし、ますます何が目的なのか分からない。なんで、僕の血をドラコニアの人間が欲しがるんだ? まさか、我が宗主国の皇帝様は、吸血鬼や、チュパカブラや、はたまた、東洋の妖怪、天火人でもペットにでもしているのだろうか?
「いや、どうしても、と言われては私も断れぬが、差しさわりが無ければ、訳をお聞かせ願いたい。何故、私の血を欲するのだ?」
「現在、建設中のまったく新しい軍事施設に必要なのですよ。極めて呪術的価値の高い血が」
「呪術的価値?」
突然、オカルトめいた話になってきた。いよいよ警戒する。生憎、ヴェルには霊感商法に投資できるほど、資金的な余裕は無い。
僕の警戒をほどく様に、柔和な笑みを浮かべたフローラは、そのまま話を続けた。
「はい。我が国は、魔法と科学、その両方を用いた画期的な技術を使い、新たな兵器を開発中です。名前は『C.H.A.O.S』。Celestial.Hegemonic.Animate.Onslaught.Sculpture.の頭文字を言葉遊び的に繋げたものですね。これが中々の凄いものでして……聖女のお伽噺に出てくる悪竜。あれに近いものを人工的に作り出し、制御し、兵器に転用する計画です」
「ははぁ……」
僕は突然そんな夢物語の様な事を聞かされて面食らってしまう。
「いわゆる、無人戦闘機って事か? 噂には聞いた事あるが……いわゆる人口知能ってやつを使って、自動で動く戦闘機を作るっていう。実際に作るのは中々難しいっていうが」
「AI? あんな玩具と一緒にされては困ります」
少し不満げに、フローラは言う。
「『C.H.A.O.S』はそれを機械ではなく、呪術的なアプローチで行うものです。生命を作り出す研究といっても過言ではありません。制御する為のコントロールタワー。こちらはすでに完成したのですが、ここの制御コアがまだ未完成なのです。そのコアの製造に必要なのが、『饕餮の血』というマジックアイテムです」
「カオスだかアビスだかガイアだか知らないけど、それと私が何の関係があるんだい?」
「殿下、貴方に流れているのです。饕餮の血が」
「私に?」
「はい。饕餮の血とは、羊獣人の血からのみとれる特殊な成分です。我々が現在作っている装置には、これが必要です。それも、純度の高い血が」
「羊獣人なんて、それこそ、私以外にも沢山いるだろう」
獣人なんて、そこまで希少な人種ではない。それも羊獣人なんて、割とメジャーなタイプだ。わざわざ僕に協力をお願いしにきた理由が分からず、困惑していると更にフローラは言葉を続けた。
「いえ、殿下。貴方でなければダメなのです。饕餮の血は、体内に流れる血が濃ければ濃い程、純度が高くなります。王家の方々の様に、近親婚を繰り返してきた血筋の方の血こそが最適なのです」
「……まぁ、そりゃあ、王家の宿命として私に流れる血は濃いが。それで私の血が欲しいと」
「はい。献血と思って、全体のうちのほんの少し、ほんの少しだけ分けていただければ良いのです。まさか、注射が怖いなんてことはありますまい?」
「ずけずけと言うじゃないか。王子の血だ。高貴な血ゆえ、高いぞ? 貴公の給料よりも遥かにな」
「この兵器があれば、レーヴェンの連中をすぐに屈服させ、平和がすぐに訪れます。それに勝る報酬はありますまい? ……ヴェルの民達も疲弊しておりましょう。良いお返事をいただきたいのですが」
「……」
嫌な奴だと思った。曲がりなりにも一国の主に、慇懃無礼にぬけぬけと言いやがる。
とはいえ、民達が疲弊しているのは事実だ。開戦から2週間。既に死傷者は1000人を超えようとしている。更に、僕の脳内に浮かぶのは、最愛の許婚の事。少なくとも、戦争が終われば、出撃した彼女が無事に帰ってくるか、不安を抱き続ける日は終わる。事故に巻き込まれる可能性は残るものの、少なくとも敵兵に討ちとられる心配をする必要はなくなるのだ。
「……分かった。健康に関わる量でなければ、好きなだけ持っていくがいい」
「おありがとうございます。噂通り、聡明な方だ」
「心にも思って無さそうな世辞は良い。手早く済ませてくれ」
それから、手早く採血を行ったフローラは、満足げに帰っていった。
「これで良いんだよな……」
新兵器、という単語に僕は一抹の不安を抱きつつ、彼女が持った僕の血が入った血液のパックを眺めていた。




