30.紋章
と、決意を新たにした所で、『クロスボー』がまた口を開く。
「それにしても番かぁ、案外、近くにいるかもしれないわね」
「どうした、突然」
「『ボルケイノ』の奴が、運命の番に会えたくらいなんだから、私達だっていつ番に会っててもおかしくないって事。例えば、私と『シルバー』が番同士なんて事も……」
「?!」
私は思わず動きが止まる。もしも『クロスボー』とアナベルが番同士だったら……。彼が『クロスボー』を幸せそうに愛撫している光景を妄想して、脳が破壊される様な錯覚を覚えた。
「そうそう都合の良い事は起こらないと思うが……」
「分からないわよ。翼なんて背中に生えているし、自分でしっかり見る機会もないでしょ?」
そう言うと、彼女は軍服から器用にピンク色の翼を引き出した。竜人の服には尾を出す為に臀部にスリットが開いている様に、同じく、翼を出す為に背中に二対のスリットが開いている。私みたいな吉弔種には無用の長物であるが。
「どれ、失礼するぞ」
アナベルはゆっくりと、『クロスボー』の翼を確認する。
「んっ……『シルバー』、触り方がなんかねちっこい」
「変な声出して私の乳兄弟を誘惑しないでください……あれですか、翼の無い私への当てつけですか? 甲羅でタックルしますよ?」
「いや、本当に触り方がいやらしいんだって!」
「……そんな変な触り方してる自覚は無いんだが」
さて、そんな風に小うるさくなりつつ、確認が終わった。
「別に変な紋章は無いな」
「むむむ、世の中そう上手くいかないかぁ」
「残念でした」
一安心である。流石にここにきて寝取られ展開とか勘弁して欲しい。
「『シルバー』はどうなんだ? 案外、もう運命の相手と出会っているかもしれんぞ」
「俺?」
そう言われたアナベルは、少し躊躇いつつも翼を引き出す。尻尾同様、銀色の鱗で覆われた翼はいつ見ても美しい。
「エール、見てくれよ」
そう言われ、恐る恐る、私は翼を確認する。
いや、まさか番の印があるなんて事……。
………………
…………
……
彼の翼の根元には、しっかりと赤い幾何学的な紋章が浮かび上がっていたのだ。
頭が真っ白になった。
「あっあっあっ……」
陸に打ち上げられた魚の様にパクパクと口を開閉しつつ、軽い呼吸困難に陥った私を見て、流石に心配になったのか、『クロスボー』もそれを確認した。
「…………あっ。『シルバー』、思いっきり紋章出てるわよ」
「…………本当に?」
つまり、それは今までの人生の中で、運命の番とどこかのタイミングでニアミスしていたという事で、何かきっかけがあれば、そのぽっと出の相手になびいてしまう可能性があるという事で……。
その名も知らぬ誰か……恐らく、私の様な竜のなりそこないの吉弔ではなく、れっきとした竜人と彼が愛し合っている様を妄想した私は、至極、惨めな気持ちになった。赤ん坊のころからの付き合いで、ずっとお慕いしてきた今までの事が全て否定された様な気持ちにさせられる。
「認めない認めない認めないそんな事………………すいません。少し頭を冷やしてきます」
「あ、ちょっと、エール!?」
まずいまずい。このままだと、どんどん思考が悪い方向に向かってしまいそうな気がする。少し落ち着こうと、私は足早にその場を離れた。




