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25.sideヴェル 空に魅入られた狐

 

 ガポス平原がレーヴェンの空軍に襲撃される数時間前……。ちょうど、エール達が『ボルケイノ』に絡まれていた頃……。


 ーーー


 ーー


 ー


「ハンナ」


「何ですか?」


「生きているよね? 幽霊なんかじゃないよね?」


「ふふ、私は無事ですよ。王子なんですから、人前でこんな姿を見せてはいけませんよ?」


「戦争が始まるなんて思ってなかったから……」


「おお、よしよし。怖かったですねぇ」


 僕、ヴェル属州の傀儡王子、エルネスト・フェルトワンは、僕のお嫁さん、ハンナ・ヴァルカンの所属する空軍基地を視察という体で訪れている。ここは、基地の中の一室、ハンナの部屋だ。


 そこで、僕はあこがれのお姉さんであり、最愛の人である彼女にベッドの上で抱き着き、彼女がまだ生きている事を確かめている所だ。


「……ねぇ、ハンナ。こんな事言いたくないんだけど……」


「私に後方勤務を命ずるなら、この婚約、解消させていただきます」


「…………」


 彼女は、抱きつかれる事はやぶさかではない様だが、そうきっぱりと言い切った。


「はぁ……」


 思わず溜息を一つ。まぁ、こうなる事は予想出来ていたが。


 数日前、突如始まった、ドラコニアとレーヴェンの戦争。僕らヴェルの獣人達はこの戦争について、一切知らされていなかった。作戦はおろか、宣戦布告をして開戦するという事すら知らされていなかったのだ。


 突然城までやってきたドラコニアの竜人達は、僕らの軍隊を召し上げると言ってきた。当然、こちらも抗議したが聞き入れてくれるはずもなく……。訳の分からないまま、ヴェル人たちは拉致同然に最前線まで連れて行かれて、自分達に一切関わりの無い戦争の矢面に立たされることになった。もう滅茶苦茶だ。




 戦争に負けるっていうのはこういう事なんだなぁ……。なんと惨めな事か……。




 開戦から数日、今日までの時点で、既にヴェル軍の犠牲者は100人を超えている。彼らは皆、誰かの父で夫で恋人で息子だったのだ。僕に力が無いせいで、いったい、いくつの家庭が崩壊したのかと思うと、気が狂いそうになる。


 開戦当日にレッドリーという所を攻撃しようとした空軍の爆撃隊と、その護衛隊が大きな損害を被ったという話を聞いた時は頭が真っ白になった。空軍といえば、ハンナがいる所だ。いや、彼女の腕なら落される事はないだろうが、万が一という事がある。


 いても立ってもいられなくなり、その日のうちに無理を言って、このシャール空軍基地まで視察という体で車を飛ばしてもらった。どうせ、傀儡の少年王子にやる事なんてない。せいぜい、ドラコニア人のいう事を何でもはいはい聞いて、書類に判子を押すくらいだ。それなら、まだ許婚の所にいた方がマシだ。


 結論から言えば、ハンナは無事だった。


 それどころか、首都攻撃隊に所属していた彼女は、新たに5機の敵機を撃墜し、僕が基地を訪れた時には嬉々としながら、整備兵と共に、愛機の機首にキルマークを追加で描きこんでいる所だった。


 相変わらず僕のお嫁さんは規格外で、無事だったのは良かったが、それでも心配である。僕はしばらく、この基地で政務(判子押し)をする事にして、彼女を戦場から遠ざけるべく、戦闘機を降りて欲しい。せめて、後方で後進の指導にあたってくれと説得しているが、一向に聞き入れてくれないのが現状である。


 戦争が実際に始まり、王子として現実を直視せざるをえない状況になって、のんきにカッコいいとか言ってられる精神状態では無くなったともいう。


 それとは正反対に、彼女の心は少し狂気に染まりだしている様な気がする。


 それも怖くて、僕はここに来てからというもの、毎晩、彼女の部屋で話をしつつ添い寝をしている。


「申し訳ありません……。私は空に魅入られてしまったのです。空を飛び、敵機を撃墜する事が楽しくて仕方ないのです。身体を軋ませるGも、酸素マスクを通して肺に送り込まれる酸素の美味さも、命を奪うか奪われるかのギリギリの感覚も、あそこでしか味わえない」


「……狂ってる」


「自覚はあります」


 ハンナはそう言うと、9本の尻尾で器用に僕を包み込んだ。

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