11.魔法使い
さて、事故もなく訓練飛行を終え、基地に帰還してきた私達。飛行後の点検の後、整備兵に機体を渡し、デブリーフィングをした後は本日の勤務は終了である。
「で、何であんたが、さも当然という顔でアナベルの隣にいるのよ」
私はいつも通り、アナベルに引っ付いているが、今日はお邪魔虫も一緒であった。……当然、あまり面白くない。
「そりゃ、好意を向けている相手には積極的にアピールしないとねぇ。ねぇ、『シルバー』、この後お茶でもしない? この前、良い店見つけたの」
「何度も言うけど、私の主君を誘惑しないで」
「別にあんたと付き合っているわけでも、許婚がいる訳でも無いし良いじゃないの。おぉ、嫉妬深い乳姉妹を持つと大変ね、『シルバー』」
そう言ってさりげなくボディタッチしようとした『クロスボー』を適当にかわしつつ、アナベルはそれまで閉じていた口を開いた。
「心配してくれているのさ。実際、彼女は大した忠臣だ」
「仲が良さそうでなにより……『シルバー』、意外とガードが堅いのよねぇ」
『クロスボー』の誘いに乗らなかったのは嬉しかったが、忠臣……忠臣かぁ……。乳きょうだいとしては絶大な信頼を置いてくれているのだけど、女の子としては見てくれていないんだよなぁ……。
内心少しがっかりしつつ、兵舎に向けて、私、アナベル、『クロスボー』の三人で基地の中を歩いていると、前方から基地の司令官が歩いてきた。彼の隣には初老の軍人がいて、司令官と何かを話していた。親し気に話をしている辺り、同階級かそれ以上の階級の、結構なお偉いさんだろう。私達はすぐに道を譲り、敬礼をする。
特に何かある訳でも無く、2人は返礼をして通り過ぎていく。ただ、話していた会話内容は少し妙だった。
「しかし、あの自称フリーの魔法使い、危険な女だぞ。あれは、儂の直感が言っておる」
「うむ。技術力はあるが、思想が危険すぎる。取り込むのはよした方が良いなぁ」
「……アレ自体は良い発想だが……。我が国で扱いきれるものでは無い。お帰り願おう」
そんな風な会話である。危険な女……思想が危険……? 何かあったのだろうか。
「……『シルバー』、『ストライク』、聞いた? 今の司令の話」
「ああ。危険な思想がどうとか」
「フリーの魔法使い……聞いた事があります。隠者の様に生活しながら、魔法を研究する人々がいるとか。何か発明か魔法薬でも売り込みに来たんですかね」
とはいえ、ただの一兵士がこれ以上詮索しても仕方がない。私達も行こうかと再び歩みを進めようとした矢先、私の瞳には廊下の端で、うずくまる人が映った。
「……あの方、基地では見ない顔ですが」
「何者だろう。行ってみよう」
見ると、床には一面に書類が散乱していて、手が滑ったのか、落したのだと予想できた。
「お困りの様で……お助けしましょう」
「助かります。疲れていまして、つい鞄の中身をぶちまけてしまいました」
女性は、黒髪ロングの竜人である。なんとなく、うさん臭さを感じる雰囲気だった。手早く床の書類を集めて渡すと、女性は安堵の表情を浮かべた。
「見ない顔だが……本日はどういったご用件で?」
「申し遅れました。私、フローラ・ネックと申します。フリーの魔術師をしています。以後お見知りおきを」
そう言って黒髪の竜は見よう見まねといった雰囲気の敬礼をした。
……フリーの魔法使い。もしかして、司令が話していたのは彼女だろうか?