16.それぞれの帰還
ホテルへ着くと、神気を使い切って傷の治療をし、そのままダイウェルは気を失うようにして眠りについた。
体力が低下して眠り込むのはディアランを見て知っていたので、今度こそアシェリージェはほっと胸をなでおろす。
アシェリージェは汚れているダイウェルの顔や手をタオルで拭いたが、全然動かない。死んだように眠る、とはこんな状態なのだろうか。本当に疲れ切って眠っているようだ。
盗んだ(取り返した)黒水晶は、本来の形である十字に組むと、自動的にリブラッドへと転送された。これで証拠品を持っていない彼らが疑われることもなく、安心できる。
後は、残された時間を有意義に使うだけだ。
この日はグローリアの祭り本番だが、さすがに疲れたアシェリージェ達は部屋でのんびり過ごした。
どうせ祭りは本番でなくても昨日までずっと勝手に盛り上がっていたのだし、明日もまだ続く。慌てて見物に行く必要もない。
テレビを見ていると、自分達がやった「仕事」がニュースで流れていた。
カードで「ラストミッション」だと知らせたつもりだが、やはり人間達は疑っているようだ。その気持ちはわからないでもないが、この先の話はもうこちらの知ったことではない。
次の日、疲れを宇宙の彼方へ吹き飛ばしたアシェリージェ達は、まだまだ続く祭りをそれぞれ楽しんだ。
全ての仕事が終わった今、神気のあるなしに関わらず、休暇のようなもの。誰にはばかることもなく、残された時間を自由に使った。
「欲しい物があったら、言えよ」
「え?」
歩いていると、ふいにそんなことを言われ、アシェリージェはダイウェルの顔を見上げた。
「兄さん、買ってくれるの?」
「……リボン、駄目にしたからな」
「そんなの、いいのに。……それも、会計局から出るの?」
彼らの「仕事」に関係ないものなのに、出してもらっていいのだろうか。
「いや、俺のポケットマネー」
アシェリージェはリボンの一本くらい、本当にどうでもよかったのだが、ダイウェルのその気持ちが嬉しい。
彼にすれば弁償のようなつもりだろうが、アシェリージェにすればプレゼントのようなもの。まさかの状況に、胸が弾む。
「あのね、この前、かわいいペンダントを見付けたの」
初めて遺跡へ行く前にショーウインドウで見ていた、ピンクダイヤのペンダント。ゼロがたーくさんついていてびっくりした、あれだ。
もちろん、本気で買ってもらうつもりなんてないが、ちょっと驚かせてみたい、というイタズラ心が起きる。
「どこにあるんだ?」
「えーとね……」
さぁ、行くぞ……と思った途端、足が止まる。
人が多くて現在位置がまともに把握できていない上、方向オンチのアシェリージェに店のある場所がわかるはずもなかった。あの時だって、現在位置がわかっていなかったのだから。
イタズラしよう、なんて考えたのがいけなかったのね……。
「それでないと駄目なのか? 店はこれだけ出てるんだ、他にも気に入るような物があるだろ」
アシェリージェの様子に、ダイウェルは笑いをこらえながら言う。
「うん、そうね」
単純な性格は、こういう時に強さを発揮する。
ダイウェルに励まされ(?)アシェリージェはあちこち歩き回った末、ピンクダイヤではなく、アクアマリンのペンダントを買ってもらったのだった。
☆☆☆
「お帰り。ご苦労だったね」
地球界でつらい人間生活を終え、帰還報告に行くと、マージェストがにこにこと出迎えた。
「回収された物品は、ちゃんと確認した。なかなか楽しそうだったね」
マージェストの言葉に、ダイウェル達はげんなりした顔をする。
「もうあんなのは、二度と御免だ。神気なしはともかく、本当に封じるのは勘弁してくれ。大変だったんだからな」
グレーデンがグチる。マージェストはそれを、笑いながら聞いていた。
「余興だからね。色々とハンデがなくっちゃ、つまらないだろう? 余程のことが起きれば、一時的に神気を戻す準備はしていたけれど」
「それって……俺が負傷した時も、チェックしていたってことか?」
「モニターで、ずっとね。見ないと、私が楽しめないから」
「あの時、かなり追い詰められてたってわかっただろっ。あれは『余程のこと』じゃないのか」
ピンチに陥ったダイウェルが、マージェストにせまる。
足を負傷し、退路を断たれた。あれが「余程」でないなら、一体どういう状態が「余程」になるのだろう。
「どうしようかな、と思ってたんだけどね。ちょうどアシェリージェが行ってくれたから、もういいかってやめたんだ」
「もういいかって……そんな気楽に……」
実際に「痛い目に遭った」ダイウェルとしては、納得しかねる。
「無事だったから、いいじゃないか。あの子、なかなか行動力があるね。少し猪突猛進な部分はあるようだけれど、訓練次第ではいい人材に育つかも。あ、そうだ。ノーゼン、あの後の写真はちゃんと撮れてたのかな」
マージェストが、ダイウェルからノーゼンに視線を移す。
「あの後? ああ、あれね。バッチリ」
ノーゼンは嬉しそうに、オーケーサインを出した。アシェリージェがダイウェルを連れて遺跡の外へ出て来た直後の、あの写真のことである。
しまった。フィルムを抜こうと思って、忘れてたっ!
自分の傷を治した後、ダウンして……起きた時にはカメラからフィルムを抜く、ということ自体が頭から抜けていた。悔やんでも、後の祭りである。
「ああ、よく撮れてるね」
「ノーゼン! どうしてL判にしてるんだっ」
ノーゼンがマージェストに渡した写真は、通常の物より大きい。データでばらまかれるのも困るが、一目見てわかる状態もかなり困る。
「その方がよくわかると思って。もっと引き伸ばそうか?」
「いらないっ! と言うより、フィルムよこせ。誤解されるような写真、撮りやがって」
「あ、自分で焼き増しする?」
「するかっ。フィルムそのものを焼いてやる。……ったく、どうして今の時代にフィルムなんだ」
「いい味が出るんだよ。この写真もいけてるでしょ」
「いけてないっ」
それからダイウェルは、マージェストに向き直る。
「もう一度、ゲームしよう。リベンジしてやるっ」
「リベンジはいいけど、ゲームはまた今度ね。仕事もちゃんとしないと、部下に示しがつかない」
「という訳だ。さ、仕事仕事」
「って、今回のこれも仕事みたいなものだろっ」
ダイウェルはグレーデン達に引っ張って行かれ、彼らはマージェストの部屋を辞した。
「くそーっ、次は絶対勝ってやる!」
☆☆☆
「で、これが、ママの分のお土産ね」
アシェリージェはカバンからきれいな包みを取り出し、母親に渡した。娘の土産話を聞きながら、マリアンヌは包みを開ける。
グローリアの祭りの話をしながら、アシェリージェはこのために一週間滞在したのかも、などと考えた。
単に封印を解く作業にかり出されただけなら、こんなふうに旅先の話ができない。何をしに行って来たんだ、とおかしな詮索をされかねないだろう。
だが、本番ではなくても祭りは見たし、家族や友達のお土産も買えた。祭りに関してはダイウェル達の休暇ついでだろうが、アシェリージェにしても実は必要な日数だったのだ。
「本当に楽しかったのね。アシェリがつけてるペンダント、きれいじゃないの」
「あ、これね。ドラードでは『空のしずく』って呼ばれてるんだって」
「そうなの。あ~あ、ママもダイウェルさんにお願いして、一緒に連れて行ってもらえばよかったわ」
その口調には、かなり本気が混じっている。
「あたしが最初に行きたいって言った時、甘えすぎって言ったの、ママじゃない」
「あら、そうだったかしら」
他に誰がいるのよぉ……という突っ込みはやめておいた。空しい。
「いいわねぇ。ママももう少し若かったら」
「若かったら? アタックするの?」
「え? そうねぇ。結婚してなかったら、アタックしちゃうかもねぇ」
母は思っていたより美形好み、ということがわかった。
「アシェリ。ダイウェルさん、またエリスおばあちゃんの所へ遊びに来る予定はないの? もう一度会いたいわぁ」
「ママ、パパって人がありながら、何てこと言ってるのよ」
「あら、素敵な男性がそばにいれば、目の保養になるじゃない。気持ちも若返るってものだし。パパはパパよ」
自分の母親ながら、何てことを言い出すのだろう。
アシェリージェは苦笑するしかできない。それから、自分が彼女の娘だということにハタと気付く。
えー、それじゃ、あたしも年を取ったら、ママみたいになっちゃうのかなぁ……。
「アシェリ、どうしたの?」
将来、自分もそんなふうになるのかと想像すると、がっくり落ち込むアシェリージェ。
それはそれとして。
また会えるかな。こんなお手伝いなら、いくらでもできるもん。
自分からは会いに行けない。あちらから来てくれるのを、待つだけ。この先、来てくれるかもわからない。今回は特別。たまたまだったのだ。
でも、また会えそうな気がする。ただの勘、だけど。
そんなアシェリージェの気持ちを知ってか、アクアマリンのペンダントがきらりと光った……ような気がした。