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12.最終確認

 それらしく見えるようにするため、遺跡の周囲はわざと自然のままにされていたが、そちらの方は本当に全く人の手が入っていない状態だった。木はあまりないが、伸び放題の草むらが続いている。

 左手に遺跡の壁を見ながら、グレーデンはどんどん進んで行った。さっき入った遺跡の入口が表なら、今は裏口へ向かっている形だ。

 やがて、グレーデンが足を止めた。アシェリージェは何があるのかと見回したが、これといって何もない。太い木が二本、並んで立っているのが目につくくらいだ。

 遺跡の周囲やバスの停留所は人が多くいたが、この周辺には誰もいなかった。ざわめきすらも届いていない。

「ここは?」

「遺跡から抜け出したら、ここに集合する。お前も封印を解いたら、一旦ここで待っていろ。この距離なら、テレポートしても大きな影響はないからな」

 実際の場所を見れば、アシェリージェもちゃんとテレポートできるだろう、ということでグレーデンはここへ連れて来たのだ。

 本当は、ホテルまでテレポートしてもらいたい。この周辺にいるよりずっと安心な、ホテルの自分達の部屋まで。

 だが、今のアシェリージェは、そこまで遠くへはテレポートできない。それなら、自分達と合流して、確実に安全な場所へ向かう、という結論に至ったのだ。

「ここで……って、何も目印になるものがないし、わかるかしら」

 アシェリージェが言うと、グレーデンはさっき遺跡へ入る際に渡されたチケットの半券を取り出し、それを適当に丸めると二本の木の間の地面に放った。

「もっとはっきりした目印を付けてやりたいが、変に目立っても困るのでな。ざっと調べてみたが、他にはこんな木が並んで立っている場所はなかった。この木を一応の目印にしておけ」

 半券は、待ち合わせ場所はここに間違いない、という最終確認のアイテム代わりだ。この辺りに人が来ることはほぼないし、掃除されてこの丸めたチケットの半券が拾われてしまうこともないはず。

「集合したら、またバスに乗って帰るの?」

「当日は車だ。この先に、車を隠しておける場所がある。不法投棄された廃車が何台かあるから、我々の車があってもそのうちの一台に見えるだろう。行くまでの道はバスのルートと違ってかなり悪いが、どうにか通ることはできる」

 遺跡が発見されてあまり時間が経っていないので、そこまで整備できていないようだ。不法投棄した人間も、まさかここで遺跡が見付かるとは思わなかっただろう。

「車は誰が運転するんだ?」

「ここは、一家の長がするべきだろう」

「えっ、こっちの世界で免許を取ったの?」

「おもちゃみたいなものだからな。ああ、テクニックは信用していい。セーフティドライバーだぞ」

 本当かどうかは、当日になればわかることだ。

「では、戻るか。そろそろ最終のバスが出るはずだ」

 アシェリージェは、もう一度二本の木が並ぶ光景を頭に焼き付け、グレーデンの後を追い掛けた。

☆☆☆

 ドラードの街へ戻って来た頃には、空は青から藍へと色を変えつつあった。満月に近い月も顔を出している。

 それでも、街は昼間と同じように熱気に包まれたままだ。お祭り騒ぎはまだまだ続く。本番がかすみそうな程の賑わいだ。

「まだ……具合悪いの?」

 ホテルの部屋へ戻ると、ベッドでディアランがぐっすりと眠っている。

「そのうち起きるよ。さっきルームサービスを頼んだから、匂いがすれば飛び起きるって」

 カムラータが何やらペンを走らせながら、そう言った。

「そんなに強い力を使った訳ではないようだし、半日眠ってるからそろそろかな。ワタシの時もこんなものだったし」

「もしかして……みんな、同じことをやったの?」

「うん。一度はやってるよ。勝手がわからなくて、ついいつもの調子でやったりしてね」

 昼間、ノーゼンが「また」と言った意味が、改めてわかった。

 ついでに、ルームサービスが来た途端にむくっと起きたディアランを見て、さすがにファミリーはよくわかってるな、とアシェリージェは思うのだった。

「どうだった? 遺跡の方は」

 アシェリージェ以外のグラスにワインを注ぎながら、カムラータが尋ねた。お子様には、ワインの代わりにグレープジュースを注ぐ。

「特に問題はないな。裏ルートを実際に歩けないのは残念だったけど」

「あーんな狭い所、二度も三度も歩く場所じゃないよ。埃や蜘蛛の巣だらけだし」

「そうそう。アイちゃんが撮った写真だけで十分だってば」

 ディアランの言うアイちゃんとは、裏ルートを撮影した小型カメラの愛称だ。フライング・アイだから、そのまんま。

「ダーリンの行ってる間に、それぞれが使うルートを振り分けておいたけど。これでいいかな」

 グレーデンは夫なので、妻役のカムラータだけこう呼ぶ。

 渡された紙をざっと見て、グレーデンはうなずいた。

「いいんじゃないか。後は各々全員がこれを頭に叩き込むだけだ。ノーゼン、薬の追加はできたか?」

「うん。ただ、昨日も言ってたけど、使う時は気を付けてね。吸い込んだら、私達も同じ状態になるから。息を少し止めるか、鼻を押さえるようにして」

 テーブルに並んでいた香水の小瓶。昨日の時点では、実は一つしか中身が入ってなかったのだ。それをノーゼンが今日の昼間に作り足して、全部の小瓶に詰められていた。

「解毒剤とかは、いらないの?」

「そんなのはいらないよ。肩を叩いたり、声をかけたりすればすぐ正気に戻るから」

「あたしは持たなくていいの?」

 テーブルにある小瓶は五つ。普通に考えて、ダイウェル達の分だけだ。

「お前に持たせたら、転んだりしてこぼしそうだからな。危ないから駄目だ」

「という、弟の意見で作ってないよ。それに、アシェリージェが一人になるのは、遺跡の外で私達を待つ間くらいだからね。誰かが集合場所(あそこ)へ来るとはあまり思えないし、人影が見えればすぐに逃げられるでしょ?」

 必要ない理由はわかったけど、転んだりしてって……信用ないなぁ。

 余程危なっかしいと思われているようだが、今日もはぐれてしまったし、言われてしまうのは仕方ない、とあきらめた。

 実際、全員がこれを使う訳ではないらしい。念のため、ということだった。

「満月って明後日……よね?」

 付け加えるなら、グローリアの祭りの本番でもある。

「ああ。明日は計画の最終確認と、気晴らしだ」

「気晴らしって……パパ……」

「一日缶詰状態でいても、つまらんだろう。楽しめる時は、しっかりと楽しんでおかないとな」

「もしかして、計画が終わってからもここにいるのって、お祭りを楽しむため?」

 一週間ここにいる、と聞かされている。黒十字を奪ったらすぐによそへ逃げると思っていたのに、さらに三日も滞在することになるのだ。

 満月がいつなのかを聞いて、妙だなとはアシェリージェも思っていたのだが……。

「祭りについては、たまたまだがな。我々が地球界(こっち)にいるのは、一ヶ月。ちょうどお前が家に戻る日までだ。どうせいなければならないなら、楽しい時間を過ごした方がいいだろう。それに、すぐに姿を消したら、どういう形で怪しまれるかわからないからな。カムフラージュついでだ。リブラッドへ帰ってしまえば問題ないが、帰るまでに追われる身になるのもつまらん」

 マージェストからは、一ヶ月の間に五つの品を回収せよ、と命令されている。それさえ済ませれば、後は自由。

 こんな不自由な身体にされたのだ、これくらいの楽しみはほしい。

「ま、そういうことだよ。アシェリージェは特に覚えることもないし、ダーリンが言うようにゆっくり楽しんでいればいいから」

 今でも十分に楽しいけど、などとアシェリージェは思うのだった。

☆☆☆

 次の日はグレーデンが言ったように、計画の最終確認をしてから街へ出た。ますます賑やかになっている前夜祭に繰り出し、たっぷり楽しむ。

 アシェリージェは、同行メンバーの顔ぶれに改めて不思議な感覚を覚えつつ、今の瞬間をしっかりと心に刻んだ。

 そして、当日。

 と言っても、まだ夜は明けてない。さっき、時計の針が午前四時を通過したところだ。夏らしからぬ、朝のひんやりした空気がやや張りつめて。

 薄暗いテラスで、小さな赤い光がぼんやりと灯る。よく見れば、そこから細く立ち上る一筋の白い煙。

 ふと気配に気付いてダイウェルが振り返ると、アシェリージェが立っていた。

「どうした? まだ四時過ぎだぞ」

「目がさえちゃって。何だかどきどきしてきちゃった……」

 言いながら、アシェリージェは手すりにもたれているダイウェルの隣へ来る。

「お前が緊張する場面なんか、ないだろ」

「うん、そうだけど……」

 遺跡に入り、ガラスの箱の上に手をかざすだけ。手と足を少し動かすだけで終わる作業だ。

「やっぱり『初仕事』の前は緊張するか。それがどんなに簡単なものであっても、な。俺もそうだったし」

 ダイウェルにだって、当然ながら初日というものが存在した。昔のことに、一瞬ノスタルジックな感情がわく。

「悪かったな」

「え?」

 思いがけない謝罪の言葉に、アシェリージェは驚いてダイウェルの顔を見た。

「俺達のゲームに、お前を巻き込んで」

「ううん、そんなことない」

 その言葉を聞いて、アシェリージェは何度も首を振った。

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